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    2012〜15年掲載

ピエール大場の官能小説「路地裏のよろめき」

ピエール大場著者プロフィール
神保町にある某会社の開発本部部長。長野県出身。かつて「神保町の種馬」と異名をとったほどのドン・ファン。女性を誘うときの最初の言葉は、「美味しいもの食べにいきましょう!デザート付きで」
『NISSAN あ、安部礼司』HP

第弐話『花魁の美人画・裏を返す』

「男のひとの、裏と表が好き」
涼川小夜子は、そう思っていた。
表と裏ではない。裏と表。まず最初に、裏が知りたい。
隠された部分を、すっと指でなぞりたい、共有したい、感じたい。
背伸びして自分を大きく見せようとしている男のひとの、
つま先立ちしている足先の筋肉の筋に、触れて、みたい。

『ボンヴィヴァン』で出会った黒縁メガネの男性は、名を「竹下」
と言った。
「また逢いましょう」と彼が指定してきたのは、三崎町にあるホテル
『庭のホテル 東京』のレストランだった。
都心とは思えないほどの緑に包まれた瀟洒なホテル。
ロビーにいるのは外国人ばかり。思わずここが何処なのかわからなくなる。
グリル&バー『流(りゅう)』に入ると、カウンターに「竹下」がいた。

彼が読んでいたものを見て、驚いた。
喜多川歌麿の美人浮世絵『当時全盛美人揃』。
「どうして、これを…」
私が席に座るのも忘れて尋ねると、
「ああ、これはレプリカで、
ちょっとね、友人に頼んで作ってもらったんです」
低い声が、身体中に響く。好きな、声だ。
「変に思われるだろうけど、僕はね、江戸時代の、吉原の文化に
なぜか、魅かれるんですよ、あ、すみません、まあ、座ってください」
彼が飲んでいたのは、COEDO(小江戸)ビール。
「花魁とのつきあいにも、しきたりがあるんだよね。初会があって、
次が、裏を返す」
「裏を返す?」
「二度目に逢うことを、裏を返すって言うらしいんです。
そこで花魁に気に入られれば、やっと上座に座れるんです」
私もビールをいただく。泡がはじけ、私の身体が熱を帯びる。
「竹下」の指は相変わらず細くてしなやかで、艶やかだった。
そして今日は、彼の声が静かに深く私の何かをしびれさせる。

「いらっしゃいませ。竹下様、本日はありがとうございます」
赤羽さんという綺麗で聡明そうなホテルの女性が挨拶にやってきた。
「あ、こちら、涼川小夜子さん」
私を紹介する。
「赤羽です」と彼女は言った。
「いつも竹下様には、御贔屓にしていただいております」
赤羽さんの笑顔は、上品な百合のように凛として素敵だった。
「このホテルのロゴはね、江戸時代の路地をイメージしているんだそう
です。赤羽さんも、江戸が好きなんですよね」
竹下さんが、ふっと笑う。
このひとの乱れている姿が見たい、とふいに思う。
メガネをはぎとり、整った髪をくしゃくしゃにしたい、そして、
白いシーツにくるまった私をゆっくり開いている細い指と、
静かな声を想像した。
「こっちに、来て」

「こっちに、来てください、小夜子さん」
竹下さんに呼ばれ、席を立つ。
赤羽さんがホテル内を案内してくれるという。
「さっきのグリルから見ていただいた中庭と、こちらの
日本料理『縁(ゆくり)』から見る中庭、全然、趣が違うんですよ」
赤羽さんが説明してくれる。
確かに、さっきは自由に草木が踊る雑木林のように見えたけれど、
こちらから見ると、日本庭園のようだった。
「裏と、表」
竹下さんが、云った。
私は、その言葉に、胸がドキドキした。

「部屋、とっているんです」
そう言われたら、私は…。

庭のホテル 東京

庭のホテル 東京

電話
03-3293-0028
住所
三崎町1-1-16
休み
なし
営業
チェックイン15:00、
チェックアウト11:00

ナビブラデータベース

エレベーターのボタンを押す手 「庭のホテル 東京」恵美子さん

赤羽さんは、江戸が好き。ご自身が企画した「三崎町サロン」も、5月16日の『糀ばなしと昼餉の会 其の四』で、20回を迎える。今回は神田明神脇で150年以上にも渡って営業を続けている「天野屋」のご主人を招いてのイベント。
赤羽さんにとって、神保町界隈は、どんなに歩いても興味が尽きない江戸の宝庫だそうだ。“和モダン”というコンセプトは今や世界的なブームになっている。『庭のホテル 東京』はその先駆け。赤羽さんは、このホテルを愛し、江戸のテイストをうまく取り入れられるように日夜、研究、企画している。