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    2012〜15年掲載

ピエール大場の官能小説「路地裏のよろめき」

ピエール大場著者プロフィール
神保町にある某会社の開発本部部長。長野県出身。かつて「神保町の種馬」と異名をとったほどのドン・ファン。女性を誘うときの最初の言葉は、「美味しいもの食べにいきましょう!デザート付きで」
『NISSAN あ、安部礼司』HP

第十七話『Jazzの夜に』

店内には、静かなピアノの調べが流れていた。
エロール・ガーナー『ミスティ』。
程よい照明の中に、ふわっと浮かんだ柔らかいオレンジ色の灯り。
神保町の裏路地にある「Jazz&Bar Concert(コンセール)」
には、大人のムードが漂っていた。
「茜さん、ダイキリをおかわり、ください」
涼川小夜子が、オーナーでバーテンダーである佐々木茜に言った。
「はい、かしこまりました」
茜が答える。
小夜子は今、カウンターで二人の男に挟まれていた。
手前には、髭に白いものが混じっている、砂田。
奥には、奥さんがいる竹下。
大学のセンセイをしている砂田に
「いいBARがあるんだ、バーテンダーが綺麗な女性でねえ、しかも、
腕がいい。とびきりうまいカクテルをつくってくれるよ」
と言われた。
水曜日の夜、行ってみると…。
なんとそこに、竹下がひとりでいたのだ。
「やあ」
涼しい顔で竹下が言う。左手の薬指の指輪。長くて白い指。
「どうも、ご無沙汰してます」
小夜子が顔を伏せて言うと、
「ああ、どうも、小夜子さんの彼氏≠フ砂田です、
はははははは」
砂田は竹下と握手をした。
竹下はあくまで冷静を装っていたが、動揺を隠せなかった。
なぜか、うまく立ち回れない竹下を見て、胸がきゅんとなる。
彼をもっと虐めたくなった。
そういえば、いつかベッドで両手を縛られたことがあった。
竹下にいじめられた。
抵抗できないことで、私の自尊心と羞恥心が溶けた。

「いじめる、さいなむ、なぶる、そう、なぶる」
三人三様のカクテルを飲みながら、いきなり砂田が言った。
小夜子も竹下も彼の顔を見て、次の言葉を待った。
「あ、いや、ほら、嬲るって漢字ですよ、男二人が女を挟んで嬲る。
いや、まさに今の私たちみたいですなあ、ははははは」
砂田の話にはいつも、結論も主旨もない。
あるのは思いつき。見たまま、感じたまま、そのまま。
ベッドでもそうだった。
突然、思いもよらぬ方向から手がやってくる。
「じゃあ、ボクはそろそろ、これで」
竹下が椅子をひき、舞台から降りる。
しばらく砂田と小夜子は飲んでいたが、やがて、砂田も、
「今日はこれから論文を書かなくちゃならないんだ、じゃあな」
と会計を済ませ、去っていった。

他に客はなく、カウンターの小夜子と、茜だけがそこにいた。
「茜さんはきっと、何も言わなくてもわかっているんですよね?」
返事の代わりに、彼女は微笑んだ。
「私、幼い頃、父に連れていってもらった美術館が忘れられないんです」
唐突に茜は言った。
「好きだったんです。あの雰囲気が。そして……絵が。この店にも、
父の絵が飾ってあるんですが…」
小夜子は席を立って、彼女が言った絵を傍で観る。
緑に囲まれた家が描かれていた。幸せそうな空気にあふれている。
「この絵を画いたひとは、きっと優しいひとね」
小夜子がそういうと、
「観たひとが優しいと、優しく見えるんじゃないでしょうか」
と茜が答えた。
「茜さんのつくるカクテルも、なんだか優しい」
小夜子は心の底からそう思って言った。
「ありがとうございます」
彼女は小さく頭を下げた。

いつしか、Jazzの調べは別の曲に変わっていた。

Jazz&Bar Concert(コンセール)

Jazz&Bar Concert(コンセール)

住所
神田神保町1-62-4 和光ビル1F

 店舗HP

『カクテルをつくる手』

茜さんは、初めてつき合ったひとがバーテンダーだった。 バーテンダーという職業に興味を持ち、まずはホテルのBarだろうと、 ホテルの専門学校に入った。尊敬できる師匠にも巡り合い、コンテストで賞をとり、 若くして頭角を現す。まだ、女性のバーテンダーが少ない頃の話だ。 去年の4月、念願だった自分の店をオープン。白いジャケットに蝶ネクタイ。 髪をビシッと整える。それが彼女流のおもてなしの心。お客様への誠意のしるし。 今夜も、ジャズの調べと美味しいカクテルで、お客様を笑顔で迎える。