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    2012〜15年掲載

ピエール大場の官能小説「路地裏のよろめき」

ピエール大場著者プロフィール
神保町にある某会社の開発本部部長。長野県出身。かつて「神保町の種馬」と異名をとったほどのドン・ファン。女性を誘うときの最初の言葉は、「美味しいもの食べにいきましょう!デザート付きで」
『NISSAN あ、安部礼司』HP

第弐十壱話『角度が大事』

「自分の物差しで相手を測るな!っていうのを、ワタシ、こんなふうに
間違えちゃったんです。自分の分度器で相手の角度を測るな!
だって、角度って大事、ですよね」
そう、みんぽこが言うと、涼川小夜子は、笑った。
ここは、神保町の裏路地にある『チャボ』。ホワイトカレーで有名な店だ。
水曜日の夜は、みんぽこが、店に立つ。通称水チャボ≠ヘ、
彼女を目当てに、多くの客がおしかける。
彼女は、もともと声優。今は舞台やイベントのMCを中心に、
ナレーターからダンス、演技までなんでもこなすエンターテイナーだ。
小夜子は、みんぽこが、好きだった。
肩を張らずに、なんでも話せる。
「小夜子さん、今夜はなんだか、スッキリした顔してるね」
「そう? あ、男と別れたからかな」
「メガネ? それとも、おじさん?」
「メガネも、おじさんも、もう終わりにした」
「すっごい! いいね、なんかいいね!」
みんぽこは、小夜子のグラスに白ワインをつぎ、自分のグラスも満たした。
「かんぱい!」
彼女は満面の笑みで言った。

小夜子は、しばし妄想にふけった。
ベッドにしばりつけられた全裸の自分。仮面をつけた竹下と砂田が、
彼女を攻める。じらしながら、執拗に、
ひとつの場所からなかなか立ち去らずに。
もだえる彼女の反応に満足する二人の男たち。
やがて、二人が、核心に迫る。
小夜子にとって、もっとも恥ずかしい恰好が何かなのかを、
二人は知っていた。
逃げられない。どこにもいけない。そんな諦念が快感に変わる。
声が出る。大きな声が、出る。

「小夜子さんって、なんか彼氏いないときのほうが色っぽいですよね」
みんぽこの声で妄想が途絶えた。
「え? そ、そう?」

みんぽこは、『しましまちゃんはおにいちゃん』という
絵本が好きだったという。
子猫のしましまちゃんの家に、赤ちゃんが6匹生まれた。
お兄ちゃんになったしましまちゃんの後をくっついてくる
6匹の赤ちゃん猫たち…。
「なんでかなあ、好きだったんですよね、その絵本が」
小夜子は思う。
みんぽこのオープンな心は、いつも誰かを引き連れている、
いつも何かを守っている。
だから、たくさんのひとが、ここに集う。

「あ、準ちゃん、このひと、古書店主の小夜子さん!」
みんぽこが、カウンターの奥で飲んでいる若者に声をかけた。
キャップをかぶり、覗いた髪は金髪。右耳には三つ、ピアスがあった。
彼は軽く頭を下げた。小夜子も、頭を下げる。
「準ちゃんねえ、役者やってるんだけど、舞台、あるんだよね。
ねえ今度一緒にいかない? 小夜子さん」
彼は、そんなことはどうだっていいという感じは崩さずに、
無言でチラシを小夜子に渡した。

チラシには、暗い夜空にかかる虹の絵が描かれていた。
その半円は、まるで分度器に見えた。
「角度が大事」という、みんぽこの言葉がよみがえる。

「よかったら、どうぞ。貧乏劇団なんで、その、招待とか、あれですけど、
よかったら」
いい声だった。少し高い済んだ声。風貌とは違う清潔感があった。
「はい。ぜひ、うかがいます」
みんぽこは、準と小夜子の顔を交互に見ながら満足気にうなづいた。
「もうすぐ、クリスマスかあ…。2016年も終わっちゃうねえ。
どんな年になるかな、2017年」
少し芝居がかって、みんぽこが言った。

神保町の裏路地にも、師走の風が吹き抜けていった。
小夜子は、何かが始まりそうな予感を抱いて、いつまでも、チラシを
見ていた。

神保町チャボ(chabo)

神保町チャボ(chabo)

住所
神田神保町1-3

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『チャボ』、みんぽこさん

みんぽこさんのタイプは、ちょっとやんちゃで一重まぶた。 中村獅童さんや、横浜DeNAベイスターズの筒香選手が好みらしい。 話していると柔らかい真綿で包まれているような心地よさを覚える。 おそらくとんでもなく母性本能が強いひとなのではないかと想像する。 とにかく努力家、勉強家。野球のルールをしっかり覚えて、 今では「タッチ・アップ」も「インフィールドフライ」の意味もわかり、 ニコ生野球解説のアシスタントをこなす。 癒されたいひとは、ぜひ、水曜日の夜、『チャボ』へ!