• グルメ部
    今柊二の「定食ホイホイ」
  • 読書部
    とみさわ昭仁の「古本“珍生”相談」
  • 文芸部
    ピエール大場の官能小説「路地裏のよろめき」
  • グルメ部
    高山夫妻の「おふたり処」
  • ジャズ部
    DJ大塚広子の「神保町JAZZ」
    2012〜15年掲載

ピエール大場の官能小説「路地裏のよろめき」

ピエール大場著者プロフィール
神保町にある某会社の開発本部部長。長野県出身。かつて「神保町の種馬」と異名をとったほどのドン・ファン。女性を誘うときの最初の言葉は、「美味しいもの食べにいきましょう!デザート付きで」
『NISSAN あ、安部礼司』HP

第弐十弐話『Sに気づく夜』

「ふだんは、ぼ〜っとしているんだけど、
ココゾっていうときに、頼りになる男性が好き、かな。
以前、クロスバイクのチェーンがはずれて困っているときに、
サーーってビアンキに乗った若者がやってきて、
あっという間に直してくれて、じゃあって風のように
去っていったとき、キュンってなった。
ああ、連絡先、聞けばよかった!って思ったけど、後の祭り。はははは」
久保彩は、ハイボールをグイッと飲みながら笑った。
ここは、神保町の立ち飲み「明治屋セカンド」。
彩は、涼川小夜子の飲み友達だった。
「あ、でもさ、小夜子さん、後の祭り≠チて、祭りのあと≠謔閨A
寂しくないよね。なんか楽観的で私、好きかも。
いろんなところを旅していると、後の祭り≠チてこと結構あるけど、
それはそれで、いいって思える。それこそが人生の醍醐味、みたいな」。
あとの、まつり…小夜子は小さく復唱してみる。
今まで逢瀬を重ねた男たちの顔が浮かんでは消えていく。
まつりの、あと…やっぱり別れた男たちの哀しい横顔が思い出される。

彩は、ワーキングラウンジ『エディトリー神保町』の
コミュニティ・マネージャーをしている。愛くるしくて美しい、大きな瞳。
誰もが心を開かずにはいられない優しい雰囲気。
小夜子は、彩に会うといつも肩の力を抜くことができた。
神保町のシェアオフィスには、場所柄、フリーのライターや編集者が多い。
一度、見学したが、木を基調にしたオフィスには、
清潔感とぬくもりにあふれていて、
こざっぱりしたビジネスマンたちが、思い思いの仕事に励んでいる。
このワーキングラウンジの人気のかなりの要因が、
彩の魅力にあると小夜子は思っていた。
「よう!彩ちゃん」
いきなり現れたのは、若き劇団員、準だった。
小夜子は、軽く会釈した。
「どうもっす」
以前、みんぽこに紹介してもらったことがあった。
「この間は、芝居、観に来てくれて、うれしかったっす。
どうでした? オレらの芝居」
小夜子は、生ハムをフォークで口に運んだ。
「やっぱ、退屈、でした?」
正直、シュールでよくわからなかった。
でも、あるシーンだけ、体がザワザワした。
それは、金髪の準が、上半身裸で拷問を受ける場面。
鞭で叩かれる、水をかけられる。
小夜子の中で、眠っていたS≠ェ目覚めた。

妄想の中で、小夜子は、準をいたぶる。じらす。
「お願いです、小夜子さん、もう勘弁してください」
準のいい声が脳から子宮まで突き抜ける。
「ダメ、許して、あげない」
小夜子が言うと、準は耐え切れず…。

「マスターベーションかなって思うときあるんスよね」
準がそう言ったとき、小夜子は驚いて彼の顔を見た。
「え?」
「あ、いや、オレらがやってる芝居って、なんかどっかハンパっつーか、
お客様不在っつーか。演出家とよくぶつかるんスけど。
オレ、頭よくねえから、反論できなくて」
そう言って頭をボリボリ掻く準。
「小夜子さん、そんなことないんですよ、準はね、IQめっちゃ
高くて、東京都でイチバンだったことあるらしいんです。どっかの教授が
逢いにきたくらいで」
彩さんが会話に入った。
「なことねえって、彩さん、話盛りすぎなんスよ」
でも、確かに準の目には全てを見透かしたような鋭さがあった。
小夜子は、ここで出会えた偶然に感謝している自分に気づく。
「いやあ、うれしいなあ、小夜子さんに会えて。めっちゃうれしいなあ。
あ、この白ワイン、もらっていいっすか?」
小夜子の承諾を待たずに、一気に飲み干す準の喉ぼとけの上下運動が、
なんだか淫靡で、小夜子は目を離せなかった。

ワーキングラウンジ エディトリー神保町(EDITORY)

ワーキングラウンジ エディトリー神保町(EDITORY)

住所
神田神保町2-12-3 安富ビル

 店舗HP

ワーキングラウンジ エディトリー神保町、久保 彩さん

久保彩さんの笑顔には、魔法がある。 この魔法にかかると、仕事を頑張れたり、未来を思って走れたりする。 ただ、基本は、癒しのひと。彼女の人間味あふれる旅の話には、 人生を愉しむヒントが隠されている。 彩さんが好きな本。それは吉本ばななの『キッチン』。 人生のいろんな局面で読み返してきたという。 今夜も、神保町の路地裏で彩さんが飲んでいそうな気がする…。