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    2012〜15年掲載

ピエール大場の官能小説「路地裏のよろめき」

ピエール大場著者プロフィール
神保町にある某会社の開発本部部長。長野県出身。かつて「神保町の種馬」と異名をとったほどのドン・ファン。女性を誘うときの最初の言葉は、「美味しいもの食べにいきましょう!デザート付きで」
『NISSAN あ、安部礼司』HP

第弐十六話『妖精に出会う夜』

神保町の三省堂本店の前には、たくさんのひとが集まっていた。
ある本の出版イベント。群衆の中に、涼川小夜子の姿もあった。
「小夜子さん、来てくれたの? うれしい!」。
そう言って近づいてきたのは、このイベントを主催した出版社の編集、
瀬谷由美子だった。
「あたりまえでしょ。由美子さんが、思いをこめて出した本だから」。
由美子は、満面の笑みで応えた。
小夜子は、由美子が羨ましかった。
ものを創るひと、ゼロをイチに変えるひと。それは魔法使い。それは神様。
幼い頃、祖父に読んでもらった本、佐藤さとるの
『だれも知らない小さな国』が、大好きだった。
ある夏休みに、「こぼしさま」という小人に出会う少年と少女の話。
この世には、人知を超えた何かがいる。そう思うと、痛快だった。
寝ている間に、たくさんの小人が現れて宿題をやってくれたらと、
何度願って
布団にもぐったかわからない。

イベントの終わり、小夜子がコンセールで飲んでいると、
由美子が入ってきた。
「あれ?打ち上げは?」
小夜子が訊くと、
「うん、さっき、終わった。なんだか興奮していて、
まだ飲み足りなくて」
由美子が言った。
小夜子は思う。
「由美子さんは、まるで森の妖精のようだ」。
そこにいるのに、どこにもいないような、浮遊感、非現実感。
カウンターで、二人で飲む。
暑くなれば、やっぱりモヒートが合う。
小夜子が小人の話をすると、由美子が
「私も、コロボックルが大好きだった」と笑った。
「今も、どこかに潜んでいると思うんだよね、彼らが」。
大きな瞳をくるくる回す。

由美子を見ていると、自分が汚れているように思えてしまう。
こんなふうに真っすぐ、こんなふうに明るい瞳で世の中を見ていたい。
でも、と小夜子は思い至る。
「私には、私にしか見えない小人がいる」。

由美子を残して店を出る。
準の部屋に行く約束だった。下北沢まで行くのが億劫に思えた。
行けばきっと、抱かれることになる。いや、正確には、小夜子が
抱くことになる。
準の髪の毛の匂いは好きだ。生え際に鼻を近づけると、中学時代の
体操着の匂いがする。
不器用な愛撫。直線的な動き。単一なリズム。
情熱と汗が全てを吹き飛ばせる奇跡の年代に、まだいるのだ。
それなのに、確認作業は怠らない。
「ねえ、どうだった?」「よかった?」「前のひとより、よかった?」
「イった?」

「わたしは、なにを、もとめているのだろう」。
夜空に向かって言ってみる。
「小夜子さん!」
振り返ると、瀬谷由美子さんが、そこに立っていた。
「なんだか、もう少し、小夜子さんと飲みたくて。もう一軒、
つきあって」
小夜子は、救われたような気がした。
わざとしばらく返事をせずに、由美子を見つめた。
「ダメ?」
「ダメじゃないよ」
「よかった」
「こちらこそ」
「え?」
「ありがとう、由美子さん」

お祝いをすることにした。
そうだ、今日は出版祝い。由美子さんにおめでとうを言わなくちゃ。
小夜子は、由美子の腕をとった。
二人で白山通りを歩きながら、なぜか、スキップしてしまった。
「なんだか楽しいね」
隣で、妖精がささやいた。

三省堂書店神保町本店

三省堂書店神保町本店

住所
神田神保町1-1
HP
ナビブラDB

マガジンハウス編集・瀬谷由美子さん

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