• グルメ部
    今柊二の「定食ホイホイ」
  • 読書部
    とみさわ昭仁の「古本“珍生”相談」
  • 文芸部
    ピエール大場の官能小説「路地裏のよろめき」
  • グルメ部
    高山夫妻の「おふたり処」
  • ジャズ部
    DJ大塚広子の「神保町JAZZ」
    2012〜15年掲載

ピエール大場の官能小説「路地裏のよろめき」

ピエール大場著者プロフィール
神保町にある某会社の開発本部部長。長野県出身。かつて「神保町の種馬」と異名をとったほどのドン・ファン。女性を誘うときの最初の言葉は、「美味しいもの食べにいきましょう!デザート付きで」
『NISSAN あ、安部礼司』HP

第弐十九話『ゆっくり急げ』

涼川小夜子は、夢を見た。
リアルで生々しい夢だった。
真っ白なシーツの上で、攻められていた。
相手は、二人の男性。二人とも、若く引き締まった体。
ひとりは金髪でひとりは長い黒髪。体の自由を封じられ、「もう堪忍して」
と懇願しても、許してくれない。
何度も上り詰め、何度も果てる。やがて、体中が性器に
なったように感じる。
どこを触られても、陸にあげられた魚のようにビクッと跳ねる。
執拗な接吻と、際限のない挿入に、理性が壊れていく。
「お願いっ!許してっ!」
大声を出して、目が覚めた。全身、汗にまみれていた。

そのオシャレな雑貨店は、hair&gallerybooks『moloco』の近くにあった。
雑居ビルの二階。階段をあがれば、そこは、別世界。
シックなインテリアとクールな品揃え。窓の外の景色まで違って見える。
お店の名前は『FESTINA LENTE』。ラテン語で「ゆっくり急げ」という
意味だ。
ロゴは、カタツムリから顔を出すウサギ。
カタツムリのようであり、ウサギのようでもあるということ。
古くて良いものを残していくという想いのもと、アンティークの雑貨や、
こだわりのセレクト雑貨、文具や本、アクセサリーなど様々なアイテムを
取り扱っている。
小夜子は、この店の店長、葛西志稀に夢の話をした。

「完全に、欲求不満よね」
そう小夜子が言うと、志稀は、笑顔で答えた。
「小夜子さんは、私に会うたびに、そんな夢の話ばかりしてる」
「そうかな」
「そうよ。話をしながら、なんだか私の表情を見て、楽しんでる」
「そんなことないけど」
「ドSな小夜子さん」

涙のしずくのようなアクセサリーがあった。
小夜子は、それを自身につけてみる。
「これ、素敵ね」
ガラスのネックレスは、小夜子の首元で陽光を跳ね返した。
「とてもよく似合う」
志稀は、言った。

志稀は、小夜子に話をした。
「ローマ帝国、初代皇帝、アウグストゥスは、
3つの座右の銘を持っていたんだって。
まずは、『ゆっくり急げ』
そして、『大胆な指揮官よりは慎重な指揮官のほうがましだ』
最後が、『立派にできたのであれば、それは十分早くできたことになる』
小夜子さんは、その言葉が好き?」
小夜子は、一瞬、目を伏せてから、答えた。
「立派にできたのであれば、それは十分早くできたことになる、かな」
「なんだか、小夜子さんらしい」

そのとき、静かにドアが開き、店にひとりの男性が入ってきた。
小夜子は、驚いた。その髪を後ろで束ねた男性が、昨晩の夢のひとに
そっくりだったから。
彼は、細身で身長が高く、鷹のような鋭い目で店内を見渡した。
小夜子の明らかに動揺した雰囲気に、志稀は、聞いた。
「知り合い?」
「ううん、そうじゃない」

アンティークの家具を丁寧に見ている男性。
やがて、小夜子と目が合った。
すると、あろうことか、彼はつかつかと彼女の傍に歩みよった。
「あの…」
小夜子は言葉が出ない。
「もしかしたら、サクラホテル主催の皇居ランで、走ってませんでしたか?」
男性の声は、倍音。子宮に響いた。
「あ、ええ、走りましたけど…」
「やっぱりそうか…ああ、よかった、人違いだったらどうしようかと
思った。いや、ボクも走ってたんです。あなたの、後ろを」

そう言われて小夜子は、脇の下を流れる汗を感じた。

FESTINA LENTE

『FESTINA LENTE』

住所
神田錦町3-16香村ビル2F
HP
オフィシャル

FESTINA LENTE 葛西志稀さん

志稀さんは、もともと古着が好きで、二十代前半からアメリカで 古着の買い付けをしていた。古き良きものが好き。そしてまた、 新しいものへの希求も強い。だから、神保町が気にいった。 ここには、その両方がある。彼女の優しいふわっとした笑顔と、 芯の強そうなクールな眼差しも、ともに、彼女の大きな魅力だ。 ちなみに好きな男性のタイプは、"大好きな旦那さん"だとか。