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    2012〜15年掲載

ピエール大場の官能小説「路地裏のよろめき」

ピエール大場著者プロフィール
神保町にある某会社の開発本部部長。長野県出身。かつて「神保町の種馬」と異名をとったほどのドン・ファン。女性を誘うときの最初の言葉は、「美味しいもの食べにいきましょう!デザート付きで」
『NISSAN あ、安部礼司』HP

第四十参話『替え玉がついてくる、人生』

「ほんとうの硬さは、二回目なんだよ、二回目が勝負なんだ」
神田三崎町の大人気ラーメン店『めんめん・かめぞう』の店主、
梅ちゃんは、言う。
新博多とんこつラーメンは550円で、替え玉が無料。
むしろ替え玉にこそ、梅ちゃんの「麺の硬さ」へのこだわりがある。
麺をゆでる、それをスープの中に入れる、食べているうちに時間が経ち、
麺がやわらかくなる…。
そんな時間経過を見ながら、最良の硬さを提供する。
バリカタの麺は、替え玉で本領を発揮。醤油だれをさっとかけてくれる。

「出会うひとも、そうかもしれない…二回目が、大切」
ぽつりと涼川小夜子が言った。
『めんめん・かめぞう』のカウンター席のいちばん奥。
梅ちゃんは、女性のひとり客を配慮して、いちばん奥にいざなってくれる。
「一回目の硬さは、本物じゃない…」

「こんにちは〜」
そこへ明るい声が響いた。
小夜子とは顔なじみの常連客、美樹子がやってきたのだ。
整った顔立ち。しゅっと背筋が伸びて、黒のパンツスーツが似合っている。
もともとこのお店を小夜子に紹介したのは美樹子だった。

「硬さがどうしたって?」
美樹子が聞くと、
「ううん、なんでもない」
と小夜子は、麺の上にのったシャキシャキのもやしを食べた。
美樹子は、このお店の近くの会社に勤めている。
声が綺麗なのは音大を出ているからか。聞けば小学生のときから
クラリネットをやっていたという。
彼女がいるだけで、店内が華やかになる。
でもそれは「ひまわり」のような陽ばかりの花の佇まいではなく、
ダリヤやユリのように、少し陰を含んだ艶やかさだ。
小夜子は、美樹子に会うと、いつも元気をもらえるような気がした。
いつか、このひとに、自分の過去を全部話してみたい…そんな衝動に
駆られる。

再会した元カレ、舎利倉和人。
彼の存在が再び大きくなっていく。
男性は過去の恋愛を引き摺るけれど、女性はしっかりデリートできる。
よくそう言われるけれど、それは…違うのかもしれない。
再会して、消去できていなかった自分に気づく。
二回目は、危険だ。二回目の麺の硬さに、やられてしまいそうだ…。

「こんなお店、なかなかないよね。替え玉無料って…梅ちゃん、
良心的だよね」
美樹子が言うと、梅ちゃんは弾けるように笑った。
「神保町は学生さんが多いしさあ、腹いっぱい、食べてほしいじゃない。
お腹が満たされたときの顔、みんな、優しい顔してるんだよ」

「満たされる」という言葉に、小夜子は反応してしまう。
和人に抱きしめられたい。大きな口で自分の両唇をふさいでほしい。
潤っていく体に、硬い…すごく硬い…

「替え玉、いく?」
梅ちゃんに声をかけられて、小夜子は、うなづく。
さらに硬い麺が、特製のとんこつスープに、浮かぶ。
「小夜子さん、このあと、飲みにいかない?」
美樹子に誘われたのは、初めてだった。
「うん、いいね」
小夜子は同意して、麺をすすった。
優しいけれど癖になるスープが体中に沁み込み、溶け合い、
やがて、ふわっと幸せが降りてきた。
梅ちゃんの魔法にかかる。

「和人に連絡しよう。もうプライドなど必要ない。全て投げ捨て、
我が身をスープにうずめよう…」
小夜子はそう、思った。








博多ラーメン『めんめん・かめぞう』

博多ラーメン『めんめん・かめぞう』

住所
西神田2-1-1
営業
11:00〜19:00
定休
URL
ナビブラ店舗DB

『ラーメンを食べる、増田美樹子さんの手』

美樹子さんは、澄んだ声をしている。
心も森の中の泉のように
澄んでいるに違いない。
車が好き、読売ジャイアンツが好き。
「好きになる男性、みんなイケメンだと思うんですけど、友人からはイケメンじゃないって言われてしまいます。
ちなみに、巨人では菅野さんが好きです」。
美しい横顔でラーメンをすする姿が
妙に色っぽく見えた。