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    2012〜15年掲載

ピエール大場の官能小説「路地裏のよろめき」

ピエール大場著者プロフィール
神保町にある某会社の開発本部部長。長野県出身。かつて「神保町の種馬」と異名をとったほどのドン・ファン。女性を誘うときの最初の言葉は、「美味しいもの食べにいきましょう!デザート付きで」
『NISSAN あ、安部礼司』HP

第五十話『こじれたひとが、好き』

「わたし、こじれたひとが、好きみたい」
神保町の古書店『虔十書林』の奥様、多田道子は言った。
すずらん通り。「キッチン南海」の向かい側にあるこの店に、
涼川小夜子は、足しげく通っていた。
理由はただひとつ。道子の笑顔に会いたいからだ。
薫風が通りを吹き抜けていく月曜日の午後、今日も小夜子は来てしまった。

宮沢賢治の短編童話に『虔十公園林』という作品がある。
虔十という少年は、いつも縄の帯をしばって野山を歩き、
たえず笑っているので周りからバカにされていた。
あるとき、彼は家族に「杉の苗が七百本欲しい」と言い・・・。
店の名前の由来は、宮沢賢治だ。

「こじれた男性は、やっかいですよね」
そう、小夜子が言うと、
「こじれるっていうことは、真っすぐ、明るく、楽しく、
生きてこなかったってことだよね。それが・・・いい味になるんだよ。
人間らしく、なるんだよね。特に好きなひとは、傷口をパテで穴埋めして
いるようなひと。
まっとうなフリして涼しい顔して生きているけど、
心に、とんでもない悪魔を抱えているようなひと」
道子さんって、少女のようだ。
小夜子は思った。

「ゆうべ、また、初めてあった男性と一夜を共にしてしまった」。
小夜子は、心でつぶやく。
神保町の路地裏のバーで偶然、隣り合わせになった、サラリーマン。
歳は、五十代前半くらい。でっぷりと太り、髪は薄かった。
手と鼻が大きくて、少し、興奮した。
タクシーで湯島に連れていかれて、体をゆだねた。
ピンクの灯りに照らされて、小夜子はあっという間に、全裸になった。
執拗なまでに、突いてくる。
ガンガン、ガンガン。
「まるで、この世の恨みを私で晴らしているようだ」
そう、小夜子は思った。
騎乗位が好きらしく、小夜子は、彼の上で、突き上げられた。
気持ちがいいというより、イニシエーションに近いと感じた。
ただ、それでもいってしまう自分がいて、驚く。

「旦那さんとの、なれそめ、まだ聞いてなかった」
話題をふった。
「そのころ、蓮根でひとりで古書店をやっていたの。
誰か、手伝ってくれるひとはいないんですか?って聞いたら、
ボクは独身ですって。
私、会社を辞めて、疲れていたときで、
可哀そうだったから、手伝いますって言ったの。
まあ、疲れて傷ついた感じの男性が、きっと好きなのね」
道子は顔を伏せて、笑った。
愛くるしい笑顔。綺麗だな、と小夜子は思う。
(私なんかより、ずっと、綺麗)。

夫婦が神保町で構える古書店には、本への愛が詰まっている。
映画のパンフもある。フランス文学や澁澤龍彦の本もある。
でも、おそらく二人が売っているのは、本ではない。
文化だ。本を愛で、本の世界に身を投じるひとを守る、文化だ。
そう感じて、小夜子は、うれしくなった。
自分が古書店の家に生まれたことを、誇りに感じた。

「小夜子さん、もっと自分を大切にね」
道子にそう言われて、ふいに涙が出そうになった。
(道子さんは、なんでも知っているんだ・・・)
「私ね、子どもの頃から、本屋さんになるのが、夢だったの」
道子がそう言ったとき、小夜子の瞳から、ほんとうに、ほんとうの涙が、
流れた。



「虔十書林」

「虔十書林」

住所
神田神保町1-15 清田ビル1F
営業
12:00〜19:00
定休
URL
店舗facebook

『虔十書林の多田さんが持つ、スタンダール』

道子さんは、素敵なひと。
来るひとを、あたたかく、迎えてくれる。
旦那さんの多田一久さんは、大のラジオ好き
で、いつもTOKYO FMをかけている。
中でも好きなのは……
え?『yes〜明日への便り』!
長塚圭史さんがきっと喜ぶ!
もちろん、『NISSANあ、安部礼司』も聴いていてくれる。