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    2012〜15年掲載

ピエール大場の官能小説「路地裏のよろめき」

ピエール大場著者プロフィール
神保町にある某会社の開発本部部長。長野県出身。かつて「神保町の種馬」と異名をとったほどのドン・ファン。女性を誘うときの最初の言葉は、「美味しいもの食べにいきましょう!デザート付きで」
『NISSAN あ、安部礼司』HP

第伍十九話『桜と抹茶の間に揺れる』

「桜と抹茶のマカロン……
桜のモンブランに、ヨーグルトソルベ!
翔子ちゃんの作るデザートは、箱庭みたい!!」
涼川小夜子は、思わず、声をあげた。

ここは、神保町駅から徒歩8分ほどの場所にある、
神田三崎町の憩いのホテル、その名も
『庭のホテル 東京』。
都心であることを忘れる静けさ。清浄な風が吹く雅な佇まい。
洗練された和のテイストが、主張しすぎず、心をほぐしてくれる。
小夜子がお気に入りの隠れ宿だ。
大学教授、砂田との逢瀬に利用していただけではない。
このホテルの素晴らしさは、レストランのクオリティーの高さ。
特に最近は、ダイニング「流」のスイーツにはまっている。
パティシエの中里翔子のつくる世界観が大好きだ。

期間限定のWEB予約限定のお花見ランチについている、
スペシャルデザートが、たまらない。
プレートに並んだ、ピンクと緑のハーモニーは、まさしく、
千鳥ヶ淵、北の丸公園!
森の中の桜が、具現化されている。

「翔子ちゃん、天才!」
翔子は、澄んだ瞳をさらに輝かせて、
「ありがとうございます、小夜子さん」
と笑顔になった。
綺麗だなあと同性ながら、見惚れてしまう。
翔子の穢れのなさが、まぶしい。
素材の選び方や盛り付けのセンスに優しさが光る。
何より、その想像力に、汚れがない。

ああ、私にも、こんな純粋な笑顔のときがあったのかな。
小夜子はふと、我が身を振り返る。
砂田とはまだ、続いていた。
さっきまで、彼に体中を舐められていたのだ。
砂田はしばらく会わないうちに、その趣味を変えていた。
挿入より、前戯に時間をかける。
道具を使い、いたぶる。

砂田は、夏目漱石を諳んじる。
「枝も幹も凄まじい音をたてて、一度に風からいたぶられるので・・・」
『彼岸過迄』だ。

「そこはやめてください」と小夜子が言えば、
そこを性(せ)める。
「もう、堪忍してください」と小夜子が言えば、
やめずに、性めつづける。

翔子ちゃんと対峙している自分に恥ずかしさを覚えつつ
、 どこかで興奮している自分に、飽きれてしまう。
「翔子ちゃんは、何が、好きなの?」
小夜子が尋ねると、翔子は、
「博物館で、動物の剥製を見るのが、好きです」
と真っすぐ、答えた。
「動物の、剥製? 鹿とか、ダチョウとか?」
「はい。リアルであるほど、いいなって思います」
繊細な仕事が好きな若き天才パティシエは、美しい笑顔で
言った。

リアル……私には、誰かと抱き合っているときだけが、
リアルだ……。
小夜子は、桜のモンブランを、
口いっぱいに、
ほおばった。



庭のホテル 東京

庭のホテル 東京

住 所
神田三崎町1-1-16
URL
店舗HP

『スペシャルデザートを盛りつける、翔子さん』

『庭のホテル』といえば、
広報担当マネージャーの赤羽恵美子さん。
その赤羽さんが、期待を寄せるパティシエの
ひとりが、中里さんだ。
中里さんは、とにかく細かい仕事が大好きだという。
季節に合った色や食感を求めて、絶えず、
自分を磨き、より美味しくて、
華やかなスイーツを追い求めている。