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    2012〜15年掲載

ピエール大場の官能小説「路地裏のよろめき」

ピエール大場著者プロフィール
神保町にある某会社の開発本部部長。長野県出身。かつて「神保町の種馬」と異名をとったほどのドン・ファン。女性を誘うときの最初の言葉は、「美味しいもの食べにいきましょう!デザート付きで」
『NISSAN あ、安部礼司』HP

第六十話『男と女の点と線』

店内には、カレーの匂いと、甘いバターの香りが
漂っている……。
どんな体の状態でも優しく包み込み、
元気にしてくれるスパイスが迎え入れてくれる。

「グリーンカルダモン、ナツメグ、ローリエ、クローブ、
ウチのカレーに入っているスパイスは、20種類以上……」
『インドレストラン マンダラ』の五内川佳代は、
ナンを千切る女性客に、説明している。
(佳代さんは、いつ会っても綺麗だな)と、涼川小夜子は思う。
凛とした佇まいは、おそらくスタイルの良さと姿勢の美しさから
きている。
佳代は、北インドのリシケシュでヨガの修業を積んだという。
リシケシュといえば、ガンジス川の上流にある、ヨガの聖地。
あのビートルズがヨガ修行に励んだ場所だ。
小夜子は何度か佳代に誘われてヨガに触れたが、
そのとき見た佳代の美しい身体のラインやポーズに見惚れてしまった。
無駄なものがない、スッキリとした身体を手に入れれば、
漠然としたモヤモヤや苛立ちから解放されるのだろうか……。
そんな小夜子の問いかけに、佳代は爽やかに笑って応える

「小夜子さん、あなたにとっては、モヤモヤも苛立ちも、
大切なスパイスの一部なのかもしれない。
いろんなものが混ざり合ってこそ、カレーは、美味しくなるの」

小夜子は、『マンダラ』のチキンバターマサラが大好きだけれど、
このお店に通うのは、佳代に会いたいから、というのも大きい。
彼女に会うと、全てを許してもらっているような気持になった。

「あ、この間、夜、見城さんが来たわよ。
小夜子さんに会いたいって言ってたけど……」
佳代が、そう言った。

ポルトガル菓子店で知り合った、
見城小太郎。
小夜子は、見城の、上下ともに厚く、ふくよかな唇を思い出す。
無精ひげが、チクチクあたる感触……。
とはいえ、手も触れたことはない。
見城は、がっしりとした体型で、肩幅は広く、胸板は厚い。
今までの小夜子のつき合う相手は、華奢な男性が多かった。
ただ、見城の声には、痺れてしまう……。
ずっとずっと耳元で聴いていたい声は、初めてだった。
身体をとろかすクリーミーな耳触り。
それでいてどこかスパイシー。
「また、こんなに濡らして……」
そんな言葉を耳に押し込められたら、
それだけで昇りつめてしまいそうだった。

『マンダラ』でも、夜、何度か飲んだが、
結局、何もない。
誘われたら拒まない、そんな光線は出しているのに、
キャッチしていないのか、わざと受け取らないのか……。
どんなキスだろう……どんなふうに舌をからませてくるんだろう。

「見城さん、小夜子さんのこと、タイプだって
言ってたわよ」
佳代にそう言われて、微笑む。
「私は、タイプじゃないかも……」
あえて、そう言ってみた。

「私は、ごはんをモリモリ食べる男性が好きだけど、
見城さんの食べ方、ものすごく、いいよね。
ムシャムシャ食べるけど、上品で、気持ちがいいから」
佳代がそう言うと、
小夜子は、自分の身体にむしゃぶりついてくる
見城を想像して、下半身が熱くなった。




インドレストラン マンダラ

インドレストラン マンダラ

住 所
神田神保町2-17-B1F
URL
店舗HP

『チキンバターマサラを運ぶ佳代さん』

ごないかわ、さん。珍しい名前だ。
宮沢賢治のふるさと、岩手の花巻の
ご出身とのこと。
ヨガが好きで、カレーが好きなら、
そりゃインドでしょ。
ということで、インドレストランで
働いている。
立ち居振る舞いが、綺麗なのに驚く。
動きに無駄がなく、どんなに忙しくても、
優雅で優美。
動物の本が好きだという。
「ハチ公物語、好きです」
笑顔がまた美しい。
『マンダラ』は、
元気をくれるカレーの聖地だ。