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    2012〜15年掲載

ピエール大場の官能小説「路地裏のよろめき」

ピエール大場著者プロフィール
神保町にある某会社の開発本部部長。長野県出身。かつて「神保町の種馬」と異名をとったほどのドン・ファン。女性を誘うときの最初の言葉は、「美味しいもの食べにいきましょう!デザート付きで」
『NISSAN あ、安部礼司』HP

第六十九話『凹凸が、織り成す色』

「なんて、淫靡なんだろう……」

その機械を見たとき、
涼川小夜子は、下腹部が熱くなるのを感じた。
なぜだろう……。
それは、テキンと呼ばれる、手動の活版印刷機。
紙を挟むシートに、インクを塗る丸い版、
そして、凸を押し当てるハンドル。
丸いパレットにインクが塗られるときの、
ぬちゃぬちゃした音のせいか、それとも、
凸を押し当てる機械の饒舌な佇まいか……。
今風な言葉で言えば……果てしなく、エモい。

ここは、神保町にオフィスを構える
広告デザイン会社TRACKが手がける、
小さなお店『PRIMART(プライマート)』。
店内には、オシャレなレターセットや、トートバッグ、
お花のバースデーカードなどが並んでいる。
こんなに素敵で上質なお店が、神保町の裏路地にあるとは、
誰もわからないかもしれない……。

TRACKの代表取締役、小泉邦明は、
イラストレーターをはじめとしたデザイナー、クリエイターを
支援し、発表の場を提供している。
特にこだわっているのが、活版印刷。

小夜子は、この店に来ると、必ず、
「活字ガチャ」をやる。
ガチャガチャの透明なカプセルから出てくる、活字。
かつてここ神保町には、多くの活版印刷所があり、
活字を拾い組版にする職人さんがいた。

魚がデザインされたポストカードを、
テキンに挟む。
黒・青・黄色の三色を、重ねて刷っていく。

ずれてはいけない。
同じ位置を、出っ張ったもので、押す。
何度も、押す。
すると、色が、つく。
色は、凸で押して、つく。
突く、突く、突く……。

無機質だった魚たちが、色を得て、
泳ぎ始める……。

この機械を使って、オリジナルのポストカードが
作れるのだ。

テキン……。
小夜子は、すっかり魅せられている。
男たちの機能を全て兼ね備えた、テキン……。
小夜子は夢想する。
この機械に設置されて身動きができない、全裸の自分。
インクを塗られ、凸がやってくる……。
小夜子は何度も刻印され、色が、重ねられていく。

「あ」
思わず、声が漏れた。
「大丈夫ですか? 小夜子さん」
店を守るデザイナーの女性が声をかけた。

「ええ、大丈夫です」

12月の白日夢は、いやに生々しくて、
かすかな痛みを伴った。
「あ」
また、声が、漏れた。

リリパット(Book House Cafe)

PRIMART(プライマート)

住 所
神田神保町1-26
URL
店舗HP

リリパット(Book House Cafe)

決して広くはない店内だが、そこに宇宙が
拡がっている。
現代アートの最先端を行く、
オシャレな宇宙。
「ここは、代官山?」
「いいえ、神保町です」
ねこのグッズが、可愛い。
オシャレだけど、あったかみがある。
それは小泉さんの熱い思いに比例している。
ゆるいイラストに、手動の活版印刷機。
デザインって、優しいんだ、そのことが
心に沁みる。