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    2012〜15年掲載

ピエール大場の官能小説「路地裏のよろめき」

ピエール大場著者プロフィール
神保町にある某会社の開発本部部長。長野県出身。かつて「神保町の種馬」と異名をとったほどのドン・ファン。女性を誘うときの最初の言葉は、「美味しいもの食べにいきましょう!デザート付きで」
『NISSAN あ、安部礼司』HP

第七十六話『黒すぎる黒、白すぎる白』

「『黒すぎる黒&白すぎる白』の
アクリル絵具セットが入荷しました。
闇の深さ、なかなかでございます」

そんな連絡を涼川小夜子によこしたのは、
文房堂の副店長、鍋田明子だった。
文房堂は、ちなみに、「ぶんぽうどう」と読む。
文房具からの発想か、たまに、「ぶんぼうどう」と
言うひとがいる。

文房堂は、明治20年、1887年創業。
今から134年前だ。
神田の大火、日清日露戦争、二つの世界大戦に
関東大震災。
その全てをくぐりぬけ、全てを見てきた建物には、
重厚な風格がある。
その圧倒的な存在感に、中に入るのをためらうひともいるが、
とにかく、一歩、中に入ってほしいと、
小夜子は思う。

画材だけではない。
可愛い猫の小物や手ぬぐい、レターセットや
センスのいいステーショナリーが所せましと並んでいる。
鍋田明子は、SNSを駆使して、そんなお店の魅力を
こまめに発信している。

小夜子がお客様に頼まれた絵の具を取りにいくと、
明子が笑顔で迎えてくれた。
「このひとの笑顔には嘘がない。闇がない」と
小夜子はいつも思う。
明子は、静岡市出身。
絵を画くのが好きで、好奇心旺盛な女の子だった。
メリーポピンズに憧れた。
魔法が使えたなら……。
漫画を画くこと、そしてネットを駆使すること。
それは、彼女の魔法なのかもしれない。

アクリル絵の具を小夜子に頼んだのは、
最近知り合った漫画家だった。
名前は、『ミチロウ』とだけしか知らない。
ミチロウとは、公園で知り合った。
缶ビールを飲みながら絵を画く若者に声をかけた。
麻の白いシャツにデニム。
『愛していると言ってくれ』のトヨエツに見えた。
小夜子を描きたいというので、モデルになる。
彼の部屋は、お茶の水の雑居ビルにあった。
少しずつ、脱がされていく。
モデルは、怖い。
自分が見透かされているような気持ちになる。
白は、もっと、白く。
黒は、もっと、黒く。
最後まではしていない。
でも、背中に口づけされた。
ビクッと体が反応して恥ずかしかった……。

アクリル絵の具を受け取る。
「小夜子さん、なんだか、今日はいちだんと綺麗」
明子に言われて嬉しくなる。
今から、ミチロウの部屋に絵の具を届けることを思うと、
体が、じんと、湿る。

文房堂の窓から、雨が見えた。
濡れたまま、部屋に行こう。
小夜子はそう、思った。

文房堂

文房堂

住 所
神田神保町1-21-1
URL
お店のHP

文房堂

文房堂は、すごい。
何がすごいって、店内の雰囲気が唯一無二。
こんな画材屋さん、他にはない。
フロアごとに特徴があって、
香りが違うような気がする。
明子さんは、副店長として、
ほんとうに頑張っている。
彼女の頑張りで、Twitterのフォロアーも
格段に伸びた!
ちなみに、明子さん
お笑いの「すゑひろがりず」が
好きなんだそう。
文房堂も、末広がりでありますように!