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    2012〜15年掲載

ピエール大場の官能小説「路地裏のよろめき」

ピエール大場著者プロフィール
神保町にある某会社の開発本部部長。長野県出身。かつて「神保町の種馬」と異名をとったほどのドン・ファン。女性を誘うときの最初の言葉は、「美味しいもの食べにいきましょう!デザート付きで」
『NISSAN あ、安部礼司』HP

第八十壱話『三つの穴を、埋めるもの』

「穴より大きくするために、しばって団子にするんです」
船曳優希は、言った。

涼川小夜子は、お年賀に「手ぬぐい」を配ることを思いついた。
型染作家の小倉充子に、図案を考えてもらい、
小夜子の古書店オリジナルの「手ぬぐい」を
作ろう、そう思うと居ても立っても居られず、
足は、さっそく専大前交差点近くの『大和屋履物店』に向かった。
小倉充子が染める型染は暖簾、浴衣、手ぬぐい、下駄の花緒など。
花緒まで手がける型染作家は少ない。

『大和屋履物店』は、創業明治17年。
震災にも空襲にも耐え抜いた家屋を、今年5月、リニューアルした。
ガラガラと引き戸を開けると、洗練された店内に、まるで芸術品のような
下駄が並んでいる。

「小夜子さん!」
笑顔で迎えてくれたのは、五代目船曳竜平の妻、優希。
小夜子は、優希に会うと、いつもある種のうしろめたさを覚える。
(自分は、なんでこんなに汚れてしまったんだろう……)
そう感じてしまうのだ。
それくらい、優希の瞳はキラキラと澄んでいて、
山々をそのまま映し出すレマン湖の湖面を想起させる。
「ああ、いらっしゃい」
夫の竜平が姿を見せる。
この店の五代目を継いだ、オーラがあふれる男性。
小夜子は、竜平の声が大好きだった。
低音と高音が交じり合う、いわゆる倍音。
低い声は子宮を温め、高い声は鼓膜を震わせる。
竜平の声を聴いて、眠りたい……そんな夢想を何度したか
わからない……。

「ああ、小夜子さん、お久しぶりねえ」
四代目の小倉佳子も笑顔で現れる。
佳子の明るさも、このお店の大切なしつらえのひとつだ。
「どうもどうも、小夜子さん」
三代目の小倉ヤス子もそこにいた。
大和屋の歴史を全て知るひと。
いつだったか、桜の木でできた『ぶっつけ台』について、
こんな話を聞かせてくれた。

「まだ、優希がちっちゃい頃ねえ、このぶっつけ台に、
釘を打ち込んで遊んでねえ」
『ぶっつけ台』とは、下駄につける鼻緒を、柔らかくするために
叩く台。
先代から伝わった将棋台に似たその木は、
年季が入っていて、黒光りしている。
時を経た存在感に満ちていた。

小夜子は、急に下駄を作りたくなった。
この世に二つとして同じものが作れない、下駄。
足をのせた木の感触、柔らかく、しっとりしている……。
桐の木目が、こすると浮かび上がる……。
鼻緒が指に、からまる……。
ああ、想像するだけで、声が漏れる。
まるで……男との『交わり』のような高まりが下腹部を熱くする……。

「穴より大きくするために、縛って丸めて団子にするんです」
船曳優希は、言った。
そう、鼻緒を台にとめるため、穴に通したあと、
縛って丸めてお団子にする。
「穴より大きくないと、意味がないですから」
優希が、言うのを、聴いて、
なぜか小夜子は、“あ”と息を吐いた。

「大和屋履物店」

「大和屋履物店」

住 所
神田神保町3-2-1 サンライトビル1F
URL
お店のHP

「大和屋履物店」

下駄も、小倉充子さんが、
デザインしてくれる!自分仕様に!
『大和屋履物店』には、下駄以外に、
手ぬぐいもたくさん、展示されている。
ついつい、買ってしまう。
デザインが、粋で、おしゃれ。
充子さんは、中華屋さんの半チャンラーメン
さえも、素敵なデザインで下駄に映し出す。
そんな下駄を嬉しそうに眺める優希さん。
ちなみに、優希さん、小さい頃は、
駄菓子屋さんでメントスのぶどう味を
買うのが大好きだったそう……。