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    2012〜15年掲載

ピエール大場の官能小説「路地裏のよろめき」

ピエール大場著者プロフィール
神保町にある某会社の開発本部部長。長野県出身。かつて「神保町の種馬」と異名をとったほどのドン・ファン。女性を誘うときの最初の言葉は、「美味しいもの食べにいきましょう!デザート付きで」
『NISSAN あ、安部礼司』HP

第八十参話『こぼれる、このままでは、こぼれてしまう』

「こんにちは、小夜子さん、おひさしぶりです!」
笑顔でそう言ったのは、山森彩香。
涼川小夜子は、
「こんにちは、彩香さん」
と返した。

ここは、千代田区一番町のとあるビルのカフェ。
ヤマグチさんが、美味しい珈琲を煎れてくれる。
彩香は『あるまっぷ』という千代田区のフリーペーパーの編集長。
千代田区内のメトロ構内や、飲食店、観光協会などに置かれている、
服部半蔵の生まれ変わりを名乗る『ぴよ蔵』という
マスコットキャラクターが可愛い。

この情報誌のテーマは、
“すれ違いぎわに「こんにちは」と挨拶できる街へ”
人と人のつながりの多くをネットに頼る今、あえて、
冊子に印刷した「思い」を配る。
そんなアナログの温かみが、彩香の笑顔からこぼれる。

小夜子は、
かつて、神保町の『スープ・デリ』で取材する彩香を偶然見かけ、
親しくなった。
彼女のインタビューは、ただのお店の紹介にとどまらない。
ひとにフォーカスする。
なぜ、このお店をやっているのか、
なぜ、神保町でお店を始めたのか…。
店主も、奥さんも、彩香の真摯な表情に引き込まれていく…。

彩香の第一印象は…綺麗。口元のホクロが艶やか。
ただ、彩香は、美しいだけではない。
真逆なものを二つ、共存させているひと。
ふわっと優しい、でも、おそらく好き嫌いがはっきりしていてクール。
ゆるやかな時間と場所を提示してくれる、でも、おそらく
距離を逸脱することはしない。繊細で大胆。

間違っているかもしれない、でも、小夜子は彩香に会うたびに
不思議な思いにかられる。
表情が違う、まとう空気が違う、背負う色が変わる。
まるで…そう、椎名林檎みたいだなと思う。
小夜子は、あまり女性には嫉妬しないようにしているが、
なぜか、彩香には嫉妬してしまう。
それは…彼女が「こぼれるひと」だからだ。

大和言葉で「こぼれる」は、うれしい、幸せな言葉。
液体がこらえきれずに、あふれるさま…。
あふれればあふれるほど、大きなものを受け入れることができる。
逆にあふれなければ、ただ痛いだけ、あふれてこその、癒し、
交わり。

「こぼ」は、擬音。あふれたときの「こぼこぼ」いう音。
彩香から、いつも何かがこぼれている。
だから彼女に会うと、幸せな気持ちになる。
「こんなひとに会ったことはない」小夜子は毎回、思う。
目の前の彩香を見つめる。
マスクをとってカップに口をつける。
相変わらず、ホクロが素敵。
こぼれる笑顔…それが、ささくれだった小夜子の心を溶かす。

「どうして、あなたは、天使のように微笑んでくれるの?」
小夜子が尋ねると、
「え? そんな…自分ではよくわかりませんが、それはきっと、
小夜子さんが、天使だからじゃないですか」
と答えた。

天使なわけがない。
悪魔は、涙を流しそうに、なった。

「あるまっぷ CHIYYODA」

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あるまっぷ CHIYYODA

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彩香さんは、ご両親にマッサージをするのが好きな優しい少女だった。鍼灸やマッサージの仕事につきたいと思った。
大学は看護学部。
でも、18歳で行ったカンボジアが彼女の人生をまったく別の場所に連れていった。
カンボジアでの不思議な出会いは、世の中のために動くこと、人と人のつながりについて教えてくれた。
もしかしたら、彩香さんの人生は全くブレていない。
彼女は、いつもひとの心をマッサージし、凝り固まった部分に優しく針を刺して癒してくれる。
『あるまっぷ』を、ぜひ、お手にとってみてください!
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