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    2012〜15年掲載

ピエール大場の官能小説「路地裏のよろめき」

ピエール大場著者プロフィール
神保町にある某会社の開発本部部長。長野県出身。かつて「神保町の種馬」と異名をとったほどのドン・ファン。女性を誘うときの最初の言葉は、「美味しいもの食べにいきましょう!デザート付きで」
『NISSAN あ、安部礼司』HP

第八十六話『最初は劣勢でも、巻き返せるときが来る』

「テニスが、素敵なのは」
と、加藤敦子は、言った。
「陸上の100メートル走のように、たった一回、
たった10秒ほどで勝負が決まらないところ。
序盤、どんなに負けていても、必ず試合をひっくり返せるときが来る。
一本のサーブが、流れを変える、一か八かでボレーを仕掛けたことで
勝利の女神が、こちらを振り向いてくれる。
それは人生に似ていて……」
そこで、敦子は、目を伏せた。
うつむくと、面影に少女が宿る。
「負け続ける人生もなければ、勝ち続ける人生もない。
大事なのは、諦めないこと。潮目を、常に読むこと」

涼川小夜子は、敦子に憧れている。 気品に満ちているけれど、親しみやすい笑顔を持っている。
美しい色白の横顔に、ふと浮かぶ、慈愛と奔放。

ここは、神保町の神田すずらん通りに
3月にオープンしたばかりの
唯一無二の共同書店『PASSAGE(パサージュ)』。

絶大な信頼と存在感を示す書評アーカイブサイト「ALL REVIEWS」が、
「本や批評文化を愛する人々」の本棚を「書店」として具現化させた。
プロデュースは仏文学者・鹿島 茂。
世界最高の古書店街・神田神保町に、パリのパサージュのような
個性豊かな棚主が集まる奇跡の空間ができた。

敦子は、鹿島茂先生の息子であり、夫でもある由井緑郎と共に、
このお店を運営している。
小夜子は、先代から古書店を受け継いだが、
これからの神保町に、これからの書物に、
不安や惑いを感じていた。
そんな小夜子に、敦子は笑顔で言った。
「小夜子さん、大丈夫ですよ。本を好きなひとは、永遠に不滅です。
古代エジプトのパピルスの頃から、人間が大切にした紙と活字の文化は、
無くなることはないと思います。どんなに劣勢に思えても……」

テニスの話を聞いて、小夜子が最初にイメージしたのは、
下世話で恥ずかしくなるが、夜の営みのことだった。
劣勢だと思われた殿方が、あるキッカケで、優位に立つ。
リードしていたはずの小夜子が、たった一度のキスを境に、
相手に翻弄され、巻き込まれ、主導権を握られることがある。

一瞬で終わらない。

そこに、真理があった。
小夜子が敦子に、好きな男性のタイプを尋ねると、
「どういう状態、状況になっても、精神的に、肉体的に、頭脳的に
決して負けずに生きていける、這い上がっていける、
そんなパワーを持っているひとです」
と答えた。
小夜子は、あらためて、由井を見る。
確かに……由井には、圧倒的な品格を備えながら、どんな荒波も
飄々と渡っていけるたくましさがあった。

小夜子は、あらためて、 『PASSAGE(パサージュ)』の店内を歩く。
棚主さんたちの、自己表現。
棚の中に、個性が踊る。
棚の中に、命が宿る。

本は、人生を変えるチカラを持っている。
本には、魂が、宿る。
敦子は、今日もお店に立ち、個性を眺める。
そこに、今すぐ判別する勝敗はない。
人生は、テニスに、似ている。

共同書店『PASSAGE(パサージュ)』

共同書店『PASSAGE(パサージュ)』

URL
『PASSAGE(パサージュ)』

HSTチャンネル

敦子さんの美しさを、どう表現したら良いのだろう。
「たおやか」という言葉を、
具現化したようなひと。
さらに、芯の強さと、
聡明さを兼ね備えた女性。
『PASSAGE(パサージュ)』が
できたことは、神保町の未来遺産です。
あなたも、棚主になってみませんか?
https://passage.allreviews.jp/