• グルメ部
    今柊二の「定食ホイホイ」
  • 読書部
    とみさわ昭仁の「古本“珍生”相談」
  • 文芸部
    ピエール大場の官能小説「路地裏のよろめき」
  • グルメ部
    高山夫妻の「おふたり処」
  • ジャズ部
    DJ大塚広子の「神保町JAZZ」
    2012〜15年掲載

ピエール大場の官能小説「路地裏のよろめき」

ピエール大場著者プロフィール
神保町にある某会社の開発本部部長。長野県出身。かつて「神保町の種馬」と異名をとったほどのドン・ファン。女性を誘うときの最初の言葉は、「美味しいもの食べにいきましょう!デザート付きで」
『NISSAN あ、安部礼司』HP

第九十話『クリが、嫌い、でも、クリが、好き』

「私、実は、クリが嫌いなんです」
パティシエの佐藤美歩は、満面の笑みでそう言った。
美しい大きな瞳は、レマン湖の水面のように
深い藍色を留めている。
「こんなに最高のモンブランをつくれるひとが、
クリが……嫌い?」
涼川小夜子は、尋ねた。
「はい。そんな私でも食べたくなるモンブランを
作ります!」
ここは、『ufu.(ウフ。)』編集部があるビルの一階にある
キッチンスタジオ。
精霊の森にひょっこり現れた子鹿のように
華奢な体躯に白いユニホームを身に着けた美歩。
体中から自信があふれる。
ふわっと、栗の香りがあたりに漂った。
小夜子は、その豊潤な甘い調べに、思わず心を震わせた。

美歩は、ショコラティエとして、自身のブランド
『mills(ミルズ)』を立ち上げた、日本屈指の名パティシエ。
スイーツメディア『ufu.(ウフ。)』の編集長・坂井勇太朗の熱いラブコールに応え、
『ウフ。』のシェフパティシエ、スイーツディレクターに就任した。

『ufu.』の語源は、フランス語で卵を意味するoeuf(ウフ)と、
スイーツを食べて思わず笑みがこぼれて「ウフ。」と笑うことから来ているという。
編集長の勇太朗と懇意にしている小夜子は、
数々の美味しいスイーツを、紹介してもらった。
不穏な世の中にあって、美味しいスイーツを食べ、少しでも
「ウフ。」と笑ってもらえたらという勇太朗の優しい祈りが、
今、具現化されていく。

スイーツには、官能がある。
素材をかきまぜる。なめらかになるまで、かきまぜる。
かきまぜれば、やがて確変が起きて、密芯にたどり着く確率があがる。

ある芸術家が言った。
「私はそれを努力と言わずに、準備と言う」。
スイーツづくりに欠かせない気の遠くなる『準備』の時間が、
天に到達する奇跡を起こす。

モンブランづくりの傍らで、
小夜子は、昨晩のミスター・グッドバーを思い出す。
長い『準備』のおかげで、クリは形を変えた。

北海道の旭川の少し北、剣淵町で、美歩は生まれた。
小学3、4年生の頃から、母と一緒にケーキを
作るのが大好きだった。
最初に作ったのは、おからのケーキ。
その時から、全くブレない人生。
スイーツは、ひとの心も体も健やかにすると信じている。

小夜子は思う。
私も、そんな人生を生きたかった。
「今からでも、間に合いますよ」
美歩は笑顔で、そんなふうに言ってくれる。

自分の不埒な追憶を恥ながら、
美歩のモンブランづくりに見入った。

焼きタルトの上に、なめらかなクリが、
命を与えられる……。

「ああ」
小夜子の口から、息がもれた。

スイーツメディア「ufu.」(ウフ。)

スイーツメディア「ufu.」(ウフ。)

URL
https://www.ufu-sweets.jp/

『タルトの生地を抜く佐藤美歩さん』

美歩さんの、幼い日の思い出の本は、
『ぐりとぐら』のパンケーキ。
やっぱり、スイーツだ。
このひとの吸い込まれそうな澄んだ瞳を見ていると、
スイーツにも、人柄が宿るのだとわかる。
日本橋三越本店で開催される『三越フランス展』(9/28〜10/3)で、
美歩さんのモンブラン(冒頭の写真)が食べられます!
ぜひ、ご賞味ください!!
ちなみに、美歩さんの好きなタイプの男性は、
“面白いひと”だそうです。