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    2012〜15年掲載

ピエール大場の官能小説「路地裏のよろめき」

ピエール大場著者プロフィール
神保町にある某会社の開発本部部長。長野県出身。かつて「神保町の種馬」と異名をとったほどのドン・ファン。女性を誘うときの最初の言葉は、「美味しいもの食べにいきましょう!デザート付きで」
『NISSAN あ、安部礼司』HP

九十四話『落ちる実、もしくはだれでも一度は処女だった』

こんなに後ろから突かれることは、なかった。
ほんとうは、ゆっくり出し入れされるのが、好き。
抜かれたあと、静かに、じっくり挿入されると、
自分が自分ではなくなる。
エイリアンに支配されるシガニー・ウィーバー。
激しいのは、痛いだけだ。
ゆっくりが、イチバン。
そう思ってきたが……。

錦糸町のラブホテルで涼川小夜子は、
果てた。
「痛い」が、やがて脳天を突き破り、光に導く。
「こんなことがあるんだ……」
今更ながら、奥深い。
「びしょびしょで、ごめんなさい、はずかしい」
小夜子が言うと、若いラッパーは、煙草をふかしながら、
煙たそうに眼を細め、言った。
「全く、問題、ないですよ、めっちゃ、よかったっす」
そういえば、突き方が、リズミカルだったような気がする。
やがて、小夜子は、深い眠りに落ちた。
このところ、不眠症だった。
「ああ、これで、眠りの沼に入れる……」

目覚めた小夜子は、神保町にある三代続いたテーラーの店舗、
(元)鶴谷洋服店という雑貨店に、入った。
サブカル感満載の書籍が並び、さらにテーラーの遺伝子を継ぐ
オリジナルグッズ、そして、渋谷・原宿で40年営業した文化屋雑貨店の創業者、
長谷川義太郎氏と元スタッフが今も製作している新作雑貨、などが
所せましと、顔をのぞかせている。

「完全なる女性、日本人はもうセックスしなくなるかもしれない、
十五の愛、アンアンのセックスできれいになれた?
だれでも一度は、処女だった……」

「ちょっと小夜子さん、声に出して、
背表紙のタイトル読まないでもらえますか?」
岩船洋子が、たしなめる。

「ごめんなさい、ここに立ち寄ると、
いつも、この棚の本が気になってしまって……」
小夜子が言うと、洋子は笑った。

テーラー時代は、紳士服だったこともあり、
男性しかお店に来なかった。
洋子は、女性に来店してほしかった。
その願いは、かなった。
今では、全国から若い女性も店にやってくる。
洋子の懐の深さが、お客さんを呼び、リピーターに
なっていく。

「あ、クビに、キスマーク」
洋子が言うと、小夜子はあわてて、首を隠した。
「うそ!」
洋子が言うと、小夜子は、右手で叩くふりをする。

こんなやりとりが、限りなく愛おしい。
情事のあとのほてりや後悔を洗い流してくれる、
洋子の笑顔。

「たまには、本、買ってみたら?」
そう言われて、小夜子が手にとったのは、
『昭和十一年の女 阿部定』。

ふたたび、洋子は、笑った。

(元)鶴谷洋服店

(元)鶴谷洋服店

URL
お店のHP

『怪しげなドールを指さす、「(元)鶴谷洋服店」の岩船洋子さん』

このお店、金・土・日・祝日、午後二時から。
通販部も充実しています。
洋子さんは、なんだか雰囲気がある、素敵な女性。
ひとばんじゅう、話していたくなる奥行きを感じる。
「ぶらり途中下車の旅」や「じゅん散歩」でも
取り上げられた“神保町のワンダーランド”は、
今日も、お客さんで、いっぱい!