• グルメ部
    今柊二の「定食ホイホイ」
  • 読書部
    とみさわ昭仁の「古本“珍生”相談」
  • 文芸部
    ピエール大場の官能小説「路地裏のよろめき」
  • グルメ部
    高山夫妻の「おふたり処」
  • ジャズ部
    DJ大塚広子の「神保町JAZZ」
    2012〜15年掲載

ピエール大場の官能小説「路地裏のよろめき」

ピエール大場著者プロフィール
神保町にある某会社の開発本部部長。長野県出身。かつて「神保町の種馬」と異名をとったほどのドン・ファン。女性を誘うときの最初の言葉は、「美味しいもの食べにいきましょう!デザート付きで」
『NISSAN あ、安部礼司』HP

九十六話『内なる奥底に取り込まれた蛍石のように』(薫風花乃堂)

まるで蛍石が宇宙に浮かんでいるようだった。
透明な石の中に、黄金色の石が、封じ込められている。

「インクルージョンっていうんですよ」

教えてくれたのは、『薫風花乃堂』の店主、忍岡みどりだった。

東京神田神保町の小さな個人商店『薫風花乃堂』は、
神保町の交差点近く、靖国通り沿いの神田古書センター5階にある。
扱っているのは、美しい鉱物標本やインテリアストーン、
鉱物標本、水晶、アンモナイト、ヒスイ勾玉、
和洋骨董、アンティーク、ジャンクなどなど。
可愛い雑貨やマニアックな本もそろえている。

涼川小夜子は、このお店に来ると、幸せな気持ちになる。
それはきっと、店主のみどりが、「人生を楽しく生きる!」という
オーラに包まれているからだと思っている。

小夜子がその日、興味を持ったのは、
蛍石を閉じ込めた透明な小さな石。

「インクルージョン?」
「難しく言えば、鉱物の結晶内部に取り込まれた異種物質などの
包有物のこと、なんですけど。
せっかくの透明な鉱物に不純物が混ざって価値を下げる、
という場合もあるけれど、インクルージョンの形や色、
光を映す輝きによって、価値があがる上がるものも、あるんです」

恋もひと晩の交わりも、
インクルージョンなのかもしれないと、小夜子は思う。

異種物質を、心や体内に包有すること。
それは、自分の純度を犯す。自分の透明性を汚す。
でも、自分の中に取り込んだ異物は、やがて
不思議な光彩を放つ。
自分という無味乾燥な鉱物に、彩りを与えてくれる。

「だから私は、恋をやめない。
だから私は、ワンナイトカーニバルをやめない」

小夜子は勝手に己に話しかけた。

忍岡みどりの経歴は、異色だ。
単身イギリスに渡り、ある建築評論家のまかないシェフを
やっていたという。
すごいひとなのに、圧を感じさせることもなく、
にこやかにお客様を迎え入れる。
「なんだろう……」と小夜子は思う。
みどりの、どんな不純物をも素敵な鉱石に変えてしまう、
包容力と優しさは何処からくるのだろう……。

みどりと話していると、
「人生って、なんでもありかな」と思えてくる。

美しいインクルージョン。
そうか……私は、きっと、自分が嫌いなんだ、
と、小夜子はあらためて思う。

だから、取り込む。
男という異質物を。
汚すことで、違う角度の光沢を手に入れ、
少しでも、輝かない自分を輝かせたいがために……。<
>
宙に浮かぶ蛍石を見て、
じゅん、と下半身が、うずいた。

薫風花乃堂(くんぷうはなのどう)

薫風花乃堂(くんぷうはなのどう)

URL
お店のTwitter

『下仁田で採掘した石を持つ、忍岡(おしおか)みどりさん』

みどりさんに会いたい、 そう思ってみんな『薫風花乃堂』にやってくるに違いない。 彼女は「私にスピリチュアルはないです」というけれど、 彼女の存在自体が、癒しであり、菩薩であり、スピリチュアル。 お店に足を踏み入れた途端、ふわっと心が軽くなる。 すごいひとだなあ、みどりさん。 ぜひ、お店を訪れて、話しかけてみてください!