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    2012〜15年掲載

11月のお悩み

 居酒屋に行くと、「おビールは2本でよろしかったでしょうか」「こちら、魚介類のセットのほうになります」などと、若い店員が使う日本語がおかしいと思います。こんなことは気にしなければいいだけの話ですが、飲めば飲むほどほど気になってしまい、キレそうになります……。なにかいい対処法はありませんか?

(41歳/日本語にうるさい"昭和な女"より)


『マニタ書房の「方言」コーナー』

言葉の乱れは、
気持ちよさがそうさせる

  世の中に"ら抜き言葉"が登場し始めたとき、国語学者が「食べれる、とはなんだ。ちゃんと食べられると言いなさい!」と苦言を呈していた。その一方で、「食べることができる」という意味での「食べられる」と、ヒグマに喰われる際の「食べられる」が同じ表記なのは紛らわしいから、自分が食べる立場の場合は「食べれる」でもいいのでは? という意見が出たりもした。
  わたしは自分で"ら抜き言葉"を使うことはないけど、まあどっちでもいいじゃん、という立場をとっている。

  「よろしかったですか?」に見られる過去形への変化は、方言に由来するという説が強いようだね。その選択でよかったのかを確認する際に、仙台弁では過去形に変化して「えがったべか?」となる。同様の変化は、北海道や岩手、宮城、長崎、沖縄といった地域でも確認されているらしい。
  マニタ書房には、日本各地の「方言」に関する本ばかりを集めたコーナーがある。元々は、ゲームのシナリオを書くときの資料としてコツコツ集めてきたものだが、いまでもヒマなときは店頭の棚から抜き出してきて、パラパラめくったりする。未知の言葉がいっぱい載っていて楽しいのだ。
   相談者さんは、飲食店で耳にする変な言葉にキレそうになるという。しかし、あれらもある種の方言だと思って聞くと、味わい深いものだよ。

「こちら、2000円からお預かりします」
「お返しの方、264円になります」
  2000円お預かりします、264円のお返しになります、と言えばいいものを、なぜか余計な「“から”と“ほう”」が付く。

  これって、「ちょーマジむかつく」みたいなギャル言葉と一緒で、それぞれのコミュニティの中で合理化された言語だから、ハタから見ると違和感があるかもしれないけれど、当事者たちにとっては唇から発したときに、するりと出てくる気持ちよさがある。

  言葉が乱れるというのは、一人が使っただけでは乱れたことにはならない。どこかの誰かが乱れた言葉を開拓して、それをふと耳にした第三者が「あ、気持ちいい」と感じたからマネをしてみる。そうやって、大勢の人々が当たり前に使うようになって、初めて社会的に「乱れた」ことになる。

  この現象によく似ているのが、テレビのモノマネ番組だ。昔は誰もジャイアント馬場が「アッポー」なんて言ってるとは思わなかったのに、あるとき一人の芸達者が、馬場選手の呼吸音を「アッポー」と声帯模写してみせた。それを耳にした大勢の人が"気持ちいい"と感じて、それ以来ジャイアント馬場のモノマネは「アッポー」と言わなければ成立しないことになってしまった。

  モノマネなんて出来ないよという人でも、「まぁコノー」と言えば田中角栄になるし、「チョッチュネー」と言えば具志堅用高になる。一瞬にして芸達者になったような気持ちよさがあるのだ。そういう意味で、優れたモノマネ芸人というのは、いろいろな有名人の口癖や仕草の中から、マネして気持ちいい瞬間を拾いあげる能力に長けている、ということが言えるだろう。
  コンビニでレジを打つ人や、居酒屋の店員さんは、「“から”と“ほう”」や「よろしかったでしょうか」と発声する度に、その道の達人になったような気持ちよさを味わっているのかもしれないね。

日本語というのは
自Uで、たのC言語なのでR

  椎名誠が提唱した「昭和軽薄体」という文章スタイルがある。
  どういうものかというと、音引き(「そのように」を「そのよーに」と表記する)や、独特の擬音表現(タイトルを忘れたが、椎名氏のあるエッセイで、若者のヘッドホンから漏れ聴こえてくる音楽を「タタタンタリシャバ」と表記していて衝撃を受けたことがある)や、カタカナ表記を多用する文体のことだ。
  軽薄、と自称するくらいだから一見バカっぽく見える文章だが、昭和の終わりあたりにこの文章スタイルが大流行した。かくいうわたしも、ライターデビューした頃はそんな感じの文章を書いていた。



『ABC文体 鼻毛のミツアミ』
 嵐山光三郎

(1982年/講談社)


  この椎名誠と並んで昭和軽薄体を支えていたのが、嵐山光三郎の「ABC文体」だ。こちらは、「〜なのである」と書くべきところを「〜なのでR」と書いたり、「嬉しい」を「うれC」と書いたりして、文章のあちこちにアルファベットを散りばめる。これに、先の音引きの多用やカタカナ表記を混ぜることで、昭和軽薄体はより強固なものとなる。IQがいっそう下がるのだ。

  嵐山氏の著書『ABC文体 鼻毛のミツアミ』から、例をふたつほど引用しよう。

  夏は辛い辛いカレーに限る。カンナの花が咲き乱れる海辺のテラスで、目の玉が飛び出るほど辛いカレーライスを、汗ダラダラ流しつつ食べるのがEのでR。
  それはとてつもなく辛いカレーでなければならず、食べたトタンに、食道がひきつり、胃の中はヨーコーロのように燃えさかり、ヒタイは熱したトタン屋根のようにアチチチチになるのが好まC。おでこでマッチがすれるくらいアチチチがよろC。

(P161より)

  サンマとUのは、じつにうまい魚なのでR。
  しかし、サンマは、イワシに比してダンディー派にバカにされているK向がみられるので、A、この席で大いにサンマの歴史をひもとき、サンマが何故にサンマでRかとU件につきまして! A、諸君とともに考え、サンマの名誉をたたえたいとUのが今回の趣旨であります。コホン。

(P177より)

  すごくどうでもいいことに、大のオトナが夢中になっている。後半の文章にちょいちょい「A、」と入っているのは「え〜、」ということ。なくてもいいのにわざわざ入れる。そうまでして構築するABC文体。当時にして40歳のおじさんが、夢中になってこのような文体を考案していたという事実が微笑ましい。

  考えてみれば、こうした言語改革の試みは、積極的に新しい方言を作り出そうとする行為だとも言える。従来の方言が"地域"から生まれたものだとしたら、昭和軽薄体は"時代"から生まれたもので、その世代ならではの方言と言っていいだろう。

  どうだろーか? 日本語というのはとても自Uな言語だから、「コウデナケレバナラナイ」と堅苦しく考えるよりも、その変化をオモシロがってしまうほーが健全でたのCと、わたしは考えるのでR。

次回もお楽しみに!

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