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私の父は小説家です。推理小説のようなものを書いていて、売れっ子と言えるほどではありませんが、息子を大学に進学させられる程度には稼いでいるようです。
相談というのは私の進路のことなんですが、父は自分と同じ道か、せめて出版関係の仕事へ就かせようとしています。でも、私に小説を書く才能があるとは思えないし、出版関係などと言われても何をすればいいのかわかりません。
私は子どもの頃からラーメンが大好きなので、できればどこかの店に弟子入りして、いずれは自分が理想とする味のラーメン店を開きたいです。そう言ったら、父には大反対されました。どうしたらいいのでしょう……。(19歳/麺カタ脂少なめニンニク味玉)
『博多ラーメンなんでんかんでんの作り方』
川原ひろし
(1999年/日経BP社)
手に職をつけてから
夢をめざしても遅くない
一般的に、小説家や漫画家といったフリーランスで仕事をする人たちは、自分の子どもには不安定な仕事ではなく、堅気な職業に就いてほしいと願っているイメージがあるよね。でも、ぼく自身もそうだし、ぼくのフリーランス仲間も、けっこうみんな「フリー最高!」って言ってるし、なんなら子どももそっちの道へ進ませようとしていたりする。だから、相談者さんのお父さんの気持ちはよくわかる。
ラーメンが好きなら、それを追求するほうが楽しいに決まってるよね。だって自分の人生だもん。ただ、お父さん(ひょっとするとご両親とも?)は反対している。だったら、とりあえずは親の言うことに従うフリをして、その陰で本当の目的のための準備をすればいいんじゃないかなー。
さすがに小説は書けないにしても、卒業後は出版社を受験してみる。それが無理ならフリーターになって、バイトでどこかの編集部に潜り込むとかね。親のコネを使うのだ!そんで編集者になって、ラーメンの特集記事とか作って人気店の店主たちと親しくなり、そっからラーメン業界に潜り込んでいくというのはどうだ!
東京に本格的な博多ラーメンを持ち込んだことで知られる「なんでんかんでん」の川原ひろし社長は、歌うラーメン屋として知られている。そう、彼は最初はラーメン屋じゃなくて歌手になりたかったんだよね。だから、福岡から上京してしばらくは、芸能界入りのきっかけを得るために、漫才師Wけんじのところに体を預けていたんだそう。彼の著書『博多ラーメンなんでんかんでんの作り方』にはこう書かれている。
Wけんじの相方、宮城けんじさんに、出会って間もないころこう告げられたことがある。
「芸能界は浮き沈みの激しい世界。だから、手に職をつけておきなさい。ぼくらは、もういい年だから、どこまで面倒みれるかわからないからね」
Wけんじさんに弟子入りをして三年目、歌手川原ひろしの春はいつ訪れるのか、見当もつかなかった。そんなときだ。ぼくは運命的な出会いをした。
それは、一軒のラーメン屋だった。
(P37より)
板橋区常盤台のとあるラーメン屋と出会ったことで、川原社長はラーメン作りに開眼する。故郷の味を東京で再現するという野望を持つようになったのだ。やがて、彼の作ったラーメンは大ヒットし、連日行列ができる繁盛店になってゆく。そうして経済的な成功を経たのちに、豊富な資金をバックに歌手デビューしたり、テレビ番組に出演するなど、本来の夢を叶えていったのだ。
相談者さんとは逆のパターンだけど、そういう人はけっこう多いと思うよ。洋服直しのチェーン店を経営しながらロックスターをやってる千葉のジャガーさんとかね。
修業で流す汗と涙は
どんなラーメンよりも塩辛い
こんなふうに別の事業で成功してから本来の夢にとりかかるのはいいことだけど、だからといって、お金さえあれば夢が叶うというわけでもない。考えてみれば当たり前のことだ。店を開いたはいいけれど、1年も経たないうちに潰れてしまう店は無数にある。ラーメン屋にはラーメン屋なりの苦労があるのだ。
もう1人、ラーメン屋といってぼくが即座に思い浮かべるのは、「支那そばや」の佐野実さんだ。残念なことに昨年亡くなっちゃったね。彼が残した著書『佐野実、魂のラーメン道』からエピソードを拾ってみよう。
『佐野実、魂のラーメン道』
佐野実
(2001年/竹書房)
少し前までは、三ヵ月程度の短期修業者は一ヵ月八十万円の指導料を取っていた。それが高いかどうかは人それぞれだろう。
ところが、弟子が金を払うということは、とんでもない考え違いを持たせてしまうものらしい。
「金を払ったんだから、掃除や食器洗いに時間をかけるのではなく、早く佐野が手にしたラーメン作りの技術を教えてほしい」
「ラーメン作りの基礎はいろいろな情報を集めたり、本を読んだりすれば分かる。早く『支那そばや』の味と、そのコツを教えてくれ」
おまえには授業料を払ったんだから、さっさと教えろ──」
(P36〜37より)
佐野としては、高い月謝を払ったからこそ弟子たちは短期間のうちに必死で学び、秘伝を盗もうとするはずだと目論んだ。なのに、みんな金を払った時点で師匠の秘術を購入したつもりになってしまったんだな。
結局、短期修業の弟子を採ることはやめて、最低でも1年以上、長ければ5年は働く覚悟のある者だけを弟子として雇い入れることにしたそうだ。その過程を圧縮してテレビショーにして見せたのが『ガチンコラーメン道』だった。
あれはテレビとして見せるために、かなり過剰な演出があったと思うけど、それでも飲食店の修業で流す汗と涙は、どんなラーメンよりもしょっぱいと思うよ。それに引き換え、モノ書きの世界は泣くことなんてそうそうない。汗もかかない。さー、どうするー?
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