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インターネットが登場したときに、誰もがホームページで日記を公開するようになりました。やがてそれはブログに変わり、そしていまはツイッターやフェイスブックといったものに形を変えていますが、毎日何を食べたとか、どこへ遊びにいったとか、結局はプライベートを公開していることには変わりありません。僕はそういった風潮を常に苦々しく感じています。フードポルノなんて言葉もあります。どうしてみんな自分のプライバシーを見せたがるのでしょう。
(ごはんは1人で食べたい男/大学職員)
『悲しい日記 天国にいる夫へ』
冒険社編集部・編
(1996年/冒険社)
食べ物画像をアップできるのは
幸せであることの証
今日はどんなおいしいものを食べたか。日々食べたものを書いて公開する。読んでくれてる人への幸せのお裾分け。たとえフードポルノと呼ばれようとも、楽しいんだからいいじゃない。うん、いいよね。ぼくも否定しない。というか、毎晩のように酒を飲みに行っては、もつ焼きの写真をツイッターに上げているぼくは、フードポルノどころか内臓(はらわた)までさらけ出しているようなもんだ。
相談者さんが尋ねていることとちょっとズレるけど、レストランなんかで、店の許可なく勝手に食べ物の写真を撮ることの是非、という問題もあるよね。個人的には、自分でお金を出して購入した料理なんだから、記録のために写真ぐらい撮ったっていいじゃないかと思う。でも、このことが問題視される本当の理由は、写真を撮る行為じゃなくて、その写真をネットにアップすることなんだよね。
勝手にネットに料理の画像を上げられて、味はもちろん、店の様子や店員さんの働きぶりを批評されてしまう。なかには、自分の好みに合わないというだけで、さもその店がダメな店であるかのように酷評する者も現われる。出汁のとり方ひとつ知らないドシロートにそんなことされちゃ、そりゃ店の主人だってブチ切れるってもんだ。
でも、スマホの普及で高性能な小型カメラを誰もが所持するようになった時代に、「店の料理は勝手に撮ってはいけません」なんてルールを作ってしまうのは、社会が窮屈になるだけで、ぼくはあんまりいいことではないと思う。もう少しゆるやかに、他人のバカな行動を笑って許すような社会であってほしい。
ここで、そうしたフードポルノのような浮かれた日記の対局にある、衝撃的な日記をご紹介しよう。その名も『悲しい日記 天国にいる夫へ』という本。平成8年に池袋で母子が餓死した事件で、その母が書き残した日記の全文を本にしたものだ。
同種の本に『池袋母子 餓死日記』というのが公人の友社から出版されており、そちらの方が表紙のインパクトが大きいんだけど、あいにくマニタ書房には在庫がない。なので『悲しい日記 天国にいる夫へ』の方を紹介させてもらう。
十一月二十四日(木)、はれ、少しひえる 12.7度
今日は、主人の命日 バナナ。栗マンその他のおかしなど。砂糖豆がし。お茶、お水、御飯。豆腐。ナットウ。お茶・お水・コンブ。何時もこんな事ですみません。おゆるし下さい。
最初のうちこそ少ない年金収入から食事らしきものを摂っているが、圧倒的に栄養が足りなく、ちょっとした風邪をひいても治りがおそく衰弱を深めていく。次第にお金が尽きて食べるものが減っていき、最後にはお茶ぐらいしか口に出来るものがなくなる。
もうね、読んでいると毎日おいしいものを食べて呑気にネットに画像をアップしている自分が馬鹿に見えてくるよ。この本を増刷して全国民に配ったら、世の中からフードポルノなんて一瞬にしてなくなってしまうと思うなあ。逆にいえば、食べ物の画像をアップできるというのは、とても幸せなことなのだろう。
フードのネット公開は
宇宙の意思である!
日記というのは、本来、誰に見せるものでもなかった。でも、本当は見られたいんじゃないかと思うんだよね。それはネットというものが存在する、しないにかかわらずだ。
たとえば、この世には『マイブック』というものが存在する。いったいどんなものかというと、1年365日の日付が入った白い日記帳で、新潮文庫から毎年売り出されている。これを購入した人は、まさしく日記帳のように使ってもよし、小遣い帳にするもよし、アイデアノートにしてもよし。使い方はその人次第だ。
で、ぼくはこれを集めている。ただの白いノートを集めてどうすんの? と思われるかもしれないが、ぼくが集めているのは「他人様の使用済み」の『マイブック』だ。そういうものが古本の市場には流通しており、すでに手元には30冊を超える使用済みマイブックが集結している。
『マイブック』
著者不明
(2008年/新潮文庫)
どこで手に入れるか? 一般の古書店にこれが流れてくることはまずない。あるのはブックオフだ。ただし、ブックオフでもそう簡単に見つけられるものではない。全国各地のブックオフを10軒あたってみて、ようやく1冊発見できるかどうか。そして、ようやく見つけたその1冊も、中を開いてみればほとんどが真っ白だ。そのむなしい行為を繰り返して、10冊に1冊ぐらいの割合で、書き込みされているものがヒットする。
たとえば、どこの誰が書いたものかはわからぬが、札幌のブックオフで見つけた2008年版『マイブック』には、こんな書き込みがあった。
一月十三日(日)
30才になった。これから先、辛そうだけど少しずつ進んでいこうと思う。風が今日つめたい。日々の夢、ストーブの音、サツマの香り。胸焼けする昨日のポテトで、ウィ〜〜。今後のために休む。
三十路の決意をポエム調に記したものだが、そのあと3日ほどメモ書きを残して日記は途絶えてしまっている。飽きてしまったのだろうか。
どこで入手したのかは忘れてしまったが、同じく2008年版のとある『マイブック』には、死について考察を試みた痕跡があった。
11月24日(水)
死。死ぬとはどういうことか。ただ単に、心臓が止まるとか、医学的視点ではない。葬式を済ませたかどうかでもない。私の中では、死して尚生きる者。肉体がありながらも、死んだと言える人間がいる。それは「心」であろう。誰かに関心を持たれ、またその人を案ずることのできる人間。それは、まさしく生だ。それは肉体から離れても変わらない。「誰かの心で生き続ける」とはそういうことだ。また、生きていても誰からも必要とされず、また誰にも関心を持てない人間。心に余裕がなく、自分しか見えていない人間。それは死んでいると等しい。また一方で、他者を殺しているとも言える。そういう思考ができるからこそ、人は集団で行動すべきなのだ。
どえらいものを売ってしまったもんである。
これらの日記が古本のマーケットに流れてしまった理由は、様々に想像できる。学生時代に日記をつけていたが、就職を機に家を出る。残していった本の類いを不要なものだと思った親がブックオフに売ってしまう…。あるいは、本人自身が三日坊主で書いたことを忘れ、本棚の「ここからここまで」とまとめて売ってしまった中にマイブックが紛れていたとか…。
それらは単なる「うっかり」による事故かもしれないが、ぼくはそこに日記自身が世の中に出たがっている意思のようなものを感じてしまう。
日記というのは、本質的に世の中へ公開されたがっているのではないか。そして我々もまた、無意識のうちそれに習い従ってしまうのだ。つまり、自分の食べた物をネットで公開するという行為の背景には、そうした宇宙の法則をつかさどる何かの意思が働いているのかもしれない。バババー
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