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家には13歳になる息子がいます。主人は本を読むのが好きで、書斎にはたくさんの本が置いてあるのですが、息子が主人の本棚を見たがって困っています。 読書に興味をもつのはよいことなのですが、主人の本棚には、明らかに子供の教育によくない本が混じっています。最初に「お父さんの部屋に入っちゃ駄目よ!」と言ってしまったのがよくなかったのか、かえって興味をもってしまったようです。 どうしたらいいでしょう、できれば家の中に鍵をかけるようなことはしたくないのですが…。
(30代/息子大好きなママ)
『ドキュメント 新・悪の錬金術 世の中・金や金や!』
杉山治夫
(1992年/青年書館)
お父さんの本棚の本は
好きに読んでよし!
今回の相談は、8月に松江図書館で、「出張!古本珍生相談」と題した講演会のライブでお答えしたものだけど、相談者さんに読んでいただけるよう、あらためてここに書き起こしておきましょう。
さて、坊ちゃんがご主人の本棚に興味津々だという話ね。けっこうけっこう、好奇心旺盛でよいではないですか。
しかし、なぜ坊ちゃんがパパの本棚に興味をもったのか? 父親ゆずりの活字欲がいよいよ芽生えてきたからなのか、あるいは何かの拍子でエロい本が並んでいるのを見てしまったからなのか、そのキッカケはぼくにはわからない。でも、13歳といえばもう中学生。性教育だって済んでるんだし、そんなに心配することはないと思うなあ。
相談者さんがおっしゃる「子供の教育によくない本」というのは、何もエロ方面ばかりではないよね。世の中には反社会的な出来事や、人間のおぞましい行為を描いた本というのも無数に存在している。そういうものを、未来ある息子の目に触れさせたくないという母心は、ぼくにもよくわかる。
とはいえ、消毒済みの水の中では魚が生きられないように、人間だってあまりにキレイすぎる環境の中では生きていけないものだ。そりゃ、清廉潔白な人間しか存在しない世の中だったらそれでもいいけど、残念なことに現実はそうじゃない。
そういう世の中で生きていかなければならないのなら、人間の良い側面は当然のことながら、悪い側面だってそれなりに知っておくべきだと思うんだよね。
かつて、強引な借金の取り立てで名を馳せた杉山治夫という人物がいた。彼が己の反省を述懐した本『ドキュメント 新・悪の錬金術 世の中・金や金や!』は、そうした「わるもの」の心を学ぶ最高の教科書だ。彼が金融業で荒稼ぎしてきた経緯も読み応えがあるが、やっぱり最高なのは愛人にまつわる部分だ。
わしの羽振りのよさを聞きつけて、地方に仕事に出掛けると、例外なく仕事先の方から若い女をあてがわれる。十代のみずみずしい女がたまらなく愛しいわしにとって、これはこたえられない。特に気に入った女には、わしの愛人になってもらう。
「会長さんの種、この子につけさせてもらえませんか」
わが子を紹介してくる強欲な母親もよくいる。わしの子を胎ませて、あわよくば大金をかすめ盗ろうという、生活力旺盛なばあさんではある。わが子を脱がせて莫大な金を手にした人気女優のおふくろさんも真っ青の策略ではないか。
(P129より)
ぼくはこの本が好き過ぎて、古本屋で見つけるたびに確保して、一時期は家の本棚に10冊以上も並べていたことがある。当時、娘はまだ小学生だったけど、「お父さんの本棚の本は好きに読んでよし!」と宣言していたので、もしかしたらこれも読んでいたかもしれないな。
大人とは、
委縮した子供である
もう1冊、若尾裕さんの『親のための新しい音楽の教科書』という本を紹介したい。これは珍本でもなんでもなくて、ごく真っ当な音楽論の本だけど、とても示唆に富んだことが書いてある。
民族音楽学者の小泉文夫が、1970年代にわらべうたを研究していたときのこと。小泉の教室の学生たちが都内の小学校をまわって、子供たちがどれだけわらべうたを知っているか調査してみると、みんな驚くほどたくさんのわらべうたを知っていたという。
『親のための新しい音楽の教科書』
若尾裕
(2014年/サボテン書房)
ここでおもしろいのは、調査をした学生たちも、自分が子供の頃は同じようにわらべうたを知っていて、歌っていたはずなのに、彼らはそのことを忘れていたことだ。
この結果を見て、小泉さんはわらべうたというのは非常にベーシックなカルチャーであると考えました。であれば、これを大切にしようという動きを起こしてもよさそうなものですが、彼は、これは保存したり守るようなものではないと考えました。つまりわらべうたというものは、おとなの側が「いいものですよ」といって、音楽の授業などで教える類いのものではないということです。なぜならば、それをやってしまうとこどものなかだけで自発的に発見して受け継ぐという、その生成の形が壊されてしまうからです。
(P121〜122より)
大人が思っているよりも、子供たちは自由で、活発で、判断力もある。子供は未熟だから大人が導いてやらなければならない、というのは大人の傲慢な考え方であって、実際にはその逆だとぼくは思っている。
即興演技の指導者キース・ジョンストンは「大人とは委縮した子供である」と言った。これは、子供こそが人間の本来あるべき姿であって、それが成長過程で躾や教育や社会のルールといったしがらみに萎縮して、その結果、大人が出来上がる、という考え方だ。
子供に悪影響を与えそうな本は排除しよう、というのは一見正しいことのように思えるけれど、それは逆効果ではないのかな。大事なのは、いいものも悪いものも区別なく見せてやり、自分で善悪を判断する力を身につけさせることだ。書物はそのためにあるんだよ。
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