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    2012〜15年掲載

5月のお悩み

 先日の長いGWに、奮発して家族(妻、小学生低学年と幼稚園児)で海外旅行に行きました。子どもたちは初めて乗る飛行機に興奮し、妻は美食・美容三昧。私も趣味の写真で観光地巡りをして、それはそれは至極のひと時を過ごしました。しかし、楽しければ楽しいほど反動が大きく、帰国時の憂鬱感は、毎週日曜日の「サザエさん症候群」の比ではありません。正直、会社へ行きたくありません。何もしたくありません。こんな私に喝を入れてくれる本はないですか?

(38歳/本来、怠け者のサラリーマン)

 


『仙人入門』
 程聖龍

(2000年/東京書籍)

自分だけが登れる
「山」を見つけよう

  サザエさん症候群って、外出するときについお財布忘れたり、裸足でノラ猫を追いかけたりする病気かと思ったけど、そういうことじゃないのね。あまりにも楽しいことがあると、その終わりが来ると反動で気持ちが沈む。ようするにブルーマンデーってやつだ。

  ぼくはサラリーマン経験もそこそこあるけど、そういう気分になったことはほとんどない。その理由は明白で、製図会社に勤めていたときも、ゲーム会社に所属していたときも、どちらの仕事も大好きだったから。会社に行くの楽しかったもんね。

   そんなぼくでも、ごくたまには気持ちが乗らなくて、会社に行くのが嫌になることもあった。そんなときはどうするかというと、仮病をつかって休んじゃうんだ。大丈夫、大丈夫、ひとりぐらい休んだって会社はちゃんと回るから。

  それで、会社へ向かうのとは反対の電車に乗って(空いててガラガラ)ちょっと遠くまで行っちゃう。ぼくは千葉の松戸に住んでいたので、土浦あたりへ行って昼からビール飲みながら鰻とか食ってボーッとするんだ。そうすると、いろんなことがどうでもよくなって、すっかり気持ちが明るくなる。

   『仙人入門』という本がある。幼い頃から甲賀流忍術の師のもとで暮らし、忍術はもとより中国武術や仙術の修行を積んできた著者は、この本の中で幼い頃に体得した「山を登る」という感覚のことを書いている。

   たとえばここに山がある。地上に立って眺めている限り、それはべつにどうということもない普通の山である。視界いっぱいにそびえる山々は、ときに低く、ときに高く、場所や季節に応じて様々な姿を見せる。けれど下から見ている限り、それがどんなに美しい山だろうと一日中見続けることはできない。
  ところが山の上に登ると景色は一変する。視界いっぱいに「世界」が広がる。   (中略)
  そこに風が吹く。世界のすべてがさわさわと動き出す。周囲のすべてが動き、しかも同時に何ひとつ動いてはいない。その音を聞きながら崖の上に座りこみ、世界を眺めていると、だんだん自分がなくなっていく。私は音になり、樹々になり、世界になった。そうやって山の上から眺めていれば、何もせず丸一日でも座っていることができた。
  それは不思議な変容だった。
  人のなかから山を見る。山のなかから人を見る──自分のいる場所はいくらも変わらない。山の上か下か、たったそれだけの違いだ。けれどそれだけで、さっきまで自分がいた家がまったく違うたたずまいに変わってしまう。間違いなく同じ場所なのに、まったく違った様相のなかで見えてくるのである。はるかに広い世界のなかで見る「自分の場所」、その見え方は心地よく、幼い私の心を惹きつけてやまなかった。
(P55〜56より))

  相談者さんは、会社に行くのが嫌になるほど家族旅行が楽しかったわけだから、きっと家族を愛しているのだろうし仲もいいのだろう。でも、たまには家族旅行ではなく、「山」に登ってみることをお勧めするよ。ここで言う「山」とは、何もマウンテンだけとはかぎらない。ぼくにとっての鰻屋がそうだったように、相談者さんも自分の「山」を見つけるのだ。

少しだけ早起きをして
ゆっくりコーヒーでも飲もう

   先の回答で簡単に「仮病で休んじゃえ」なんて言ったけど、会社によってはそんなわけにもいかないんだろうな。相談者さんは「こんな私に喝を」とおっしゃる。逃げ出すのではなく、ちゃんと立ち向かおうとしている姿勢は、大変に立派なものだ。そこで、喝といえば、この人。アントニオ猪木に登場していただこう。

   作家の百瀬博教にそそのかされて…じゃなかった、プロデュースされて出版に至ったこの本は、アントンの素朴さと大胆さが混じり合った秀逸な詩が38篇収録されている。その中から、「ブラジルのコーヒー豆」と題された詩を紹介したい。



『猪木詩集「馬鹿になれ」』
 アントニオ猪木

(2000年/角川書店)

   コーヒーの木は
  枝いっぱいに白い花を咲かせた
  枝いっぱいのコーヒーの実は
  秋が来ると赤く染まる

  来る日も来る日も
  枝をしごき
  手のひらを血だらけにして
  コーヒー豆をかき落とす
  俺たち移民の奴隷労働

  いずれコーヒー豆は
  身を焦がし
  世界のどこかで君に会う
  洒落たカップに薫りを立たせ
  さあ
  もうすぐ希望のカーニバルだ!

(P98〜99より)

  いつも夜更かしをして、朝ギリギリに起きているのでは、会社に行くのも嫌んなっちゃうよね。たまには早く寝て、いつもより少しだけ早起きをして、ゆっくりコーヒーでも飲もう。それもインスタントではなく、ブラジル産のコーヒー豆を自分の手で挽いて。












次回もお楽しみに!

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