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わたしは炒飯と麻婆豆腐が大好物で、美味しいひと皿を求め、いろいろな中華料理屋さんを食べ歩いています。自分好みの味に出会えたときは感動もひとしおなのですが、好きな食べ物であるがゆえに、期待を裏切られたときの落胆度合いといったらこの上ありません。しかもこのふたつのメニューは当たり外れが大きいのか、これぞ!というお店に遭遇する機会は非常に稀です。最近では、好物を食べたいのに「また美味しくないお店だったらどうしよう…」と思い悩んでしまって、中華料理屋さんから足が遠のいている始末です。今後も楽しい食べ歩き生活を送るために、何か良いアドバイスをいただけませんでしょうか。
(干し豆腐料理も必ず注文する会社員/41歳・男性)
『何回もいきたくなるラーメン店100』
武内伸
(1999年/講談社)
店内に“気”、店員に“間”が
感じられる店がいい。
あーわかる。わかるわかる。美味しいものを食べたいのに、そうじゃないやつに当たるのが怖くて、なんとなく店から足が遠のいてしまうこと。その現象に名前をつけるなら、「三歩下がって死の味を踏まず」だろうか。そんな大袈裟な。
ぼくは炒飯のことを語りはじめると止まらなくなるので自制しながら書くけど、去年の年末に炒飯用に中華鍋を買ったのね。これを大事に大事に育てて、いまものすごく使いやすい状態にある。これがあればいつでも美味い炒飯が食べられるので、外食で炒飯を食べようとはまるで思わなくなってしまった。いいことだとは思うけど、寂しくもある。
麻婆豆腐については、いまから20年ほど前に立川に住んでいたとき、駅ビルに陳健一の麻婆豆腐店ができて、そこで食べたやつがものすごく美味しかった。以来、それで満足してしまったのでとくに追求はしていない。麻婆豆腐のマニアだったら、さらに美味しいものを追い求めて食べ歩くのだろうけど、あいにくぼくは麻婆豆腐には特別なこだわりを持っていないので、それっきりだ。
美味い店を探すコツってなんだろうね。陳健一麻婆豆腐店の場合は、入り口からすでに四川花椒の強烈な香りがしていて、まだ食べてもいないのに「ここは絶対美味い!」とわかってしまった。そんな店がそうそうあるとは思えないけど、スパイスが味を決める料理の場合は、文字通り店頭で“鼻を効かせる”のがいいかもしれないね。
いい店は名前にも店主の趣味の良さが出ていることが多く、店頭の暖簾や看板も手入れが行き届いてる。そういうところから判断がつく場合もあるし、店に入ってみれば、さらに判断材料は増える。
のれんをくぐって一歩店内に入ると、たいていその店の姿勢は判断できる。またいきたくなるような店は、店内に“気”が感じられる。主人がつねにお客の様子をうかがっているし、仕事に神経を張りめぐらせている。おかみさんが店頭に立っている店は、“間”が感じられ、居心地のよい空間があり、ふところの深さが伝わってくる。
(まえがきより)
これはラーメンを4000杯も食べ歩いたラーメン評論家・武内伸の『何回もいきたくなるラーメン店100』という本の前書きにある一説だ。“気”だの、“間”だの、チィと胡散臭い物言いではあるが、決して間違ったことは言ってない。
とくに炒飯は短時間で作るのが勝負みたいなもんだから、店主──料理人に気合が入ってないとうまくない。うすボンヤリした店主がのんびりこさえた炒飯なんて誰も食べたくないよ。そしておかみさん……というか店員さんの間も大事。店員さんを呼ぼうと思って振り向いた瞬間に、もうそばまで店員さんが来てる。そういう店では何食べても美味い。
「物」の背後に人の息吹を
感じるような食べ歩き
ぼくはちょいちょい食べたものをツイッターやインスタグラムに上げているし、古本の仕入れ旅で全国各地に行って、土地の名物を食べたりしてるから、ぼくのことをグルメだと思ってる人は多いかもしれない。でも、全然そんなことないんだ。
若い頃からぼくは食事ということに対して非常に保守的で、まったく冒険をしない。未知の美味しいものを探し求めるなんてことに興味がない。
たとえば、浅草橋にある水新菜館のタンタンメンは震えるほど美味くて、浅草橋に行ったら必ず食べるほどの大好物だ。そうすると、普通の人は「タンタンメンがそれほど美味しいなら、他のメニューにはさらに美味しいものがあるのでは?」と考える。でも、ぼくはそうじゃない。もしも別メニューを試してみて、それがハズレだったら、あの美味しいタンタンメンを食べるチャンスを1回逃してしまうことになる。それが嫌なんだ。
その点、相談者さんはぼくと違って、食べ物に対して正しい好奇心を持っていると思う。「このあいだ食べた炒飯は美味しかった。次はそれより美味しいものを食べてみたい!」そういうふうに考えられるのはとても羨ましい。だから、ハズしたらどうしようと思い悩んで、食べ歩きを躊躇してしまうのはもったいない。
『集める人びと 蒐集の小宇宙』
瀬川正仁
(2014年/バジリコ)
ここでちょっとコレクターの話をしよう。コレクターは「物」に執着する人と、その「背景」に着目する人とがいる。『集める人びと』という本にも、こんなことが書いてある。
コレクターと聞くと、まず「物」に対する関心や執着が強い人と思われがちだ。それは必ずしも間違っていないかもしれない。でも、彼らの話を聞いてみると、蒐集のきっかけは必ずしも「物」に対する興味だけではない。「物」の背後に、その時代を生きた人々の息吹を感じたときに蒐集がスタートした、というケースが意外に多いのだ。
(P.6より)
美味しいものの食べ歩きも、ぼくはある種のコレクションだと思う。それをいま引用した考え方に当てはめるなら、好きな炒飯や麻婆豆腐の食べ歩きは、美味い店と出会うことだけに価値があるわけじゃないと思えてくるのではないだろうか。
味はたいしたことないけど、あの中華鍋を振るうオヤジの手首のスナップ、只者ではないぞ。さては学生時代、野球やってたな? とか。壁のメニューの文字が異常に下手すぎて逆に新鮮! とか。おばちゃんが注文を厨房に伝えるときの口調がヨーデルみたいでおかしい、とか。その料理を作っている人たちの背景を感じとる、そんな食べ歩きも楽しいのではないかな。
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